こんにちは
メディカルケアサロン
りでいむです。




9月17日
外に出てみると
それはそれはたくさんのトンボが
空を舞っていました。
ああ~またあの季節なのだなぁって
遠い昔に思いは馳せていきます。


兄が亡くなったのは9月18日。
その前日17日は
中学校で体育祭の総練習の日でした。
校庭で練習をしていると
それはそれはたくさんのトンボの大群が
校庭に舞ってきました。
指を伸ばせば
指先に止まってくるほどでした。
生徒のみんなはたくさんのトンボに
わいわい騒ぎながら楽しげでしたが
私はその光景をみながら
とても胸騒ぎを覚えました。
その直後担任の教師から
「お兄さんが入院したらしいので
すぐに帰るように」と言われて
早退したのでした。

その翌日に兄は亡くなりました。
腹痛を訴えての入院でしたが
原因がわからないままでした。

もう昔々の話です。
けれど、
こんなトンボの大群の光景は
昔の私に引き戻してしまう。
中学生の私のあの時の感情までも。

身内の死は
少なからず人生に何らかの影響を及ぼすもの、とくに若くして亡くなった場合は
どうしても心引きずることがあります。
私もご多分に漏れず
少なからず影響を受けてきました。

そんな若くして息子を亡くした両親は
いかばかりだったのだろうと
今更ながら心苦しくなります。

亡くなって
1年もたたない頃だったでしょうか。
テレビで同じ年頃の男の人が
交通事故で亡くなったニュースを
流していました。
それを見ていた父が
「こういうニュースを聞くとほっとする」と
言いました。
ビックリして理由を聞くと
自分と同じ思いを、
わかってくれる人が増えたと
思うのだ、というのです。
それを聞いていた母は
「お母さんは逆。
こんな思いをする人がまた
増えてしまったって悲しくなる」
そう言いました。

まだ中学生だった私でさえも
両親の思いが痛いほど分かりました。
表現方法も感じ方も違うけれど
確かにふたりは
哀しみと必死に向き合っているのだと…

そんな両親も他界し
きっと兄と再会しているのだろうとは
思うのだけど、
何年たっても
幾つになっても
哀しみというものは
追いかけてくるものなのですね…




すすきが伸びる庭の中
トンボが舞う青空に
ちょっとセンチメンタルになった秋でした。