真正面から立ち向かう人は、

実はあまり多くない。

 

大半の人は、

避けるか、距離を取るか、

タイミングを待つ。

 

それ自体は悪くないと思っている。

生き方の選択だから。

 

ただ、ときどき厄介なのが、

逃げているのに、逃げたと思われるのは我慢ならない人だ。

 

そういう人は、

現場からいなくなる。

責任のある場所からも消える。

結果が出る前に姿を変える。

 

でも同時に、

口だけは残す。

 

「本当は戦うつもりだった」

「納得できないから距離を置いただけ」

「準備が整えば、いつでもやれる」

 

姿はないのに、

言葉だけが前線にいる。

 

それは戦闘態勢ではなく、

**戦闘態勢に“見せたい姿勢”**だ。

 

ファイティングポーズは取る。

グローブも構える。

でもリングには上がらない。

 

理由はだいたい決まっている。

 

・負けたくない

・評価を下げたくない

・自分が弱いと認めたくない

 

だから、

逃げるという選択をしながら、

自分の中ではこう変換する。

 

「撤退」

「戦略的判断」

「環境調整」

 

言葉は立派になるほど、

行動は小さくなる。

 

周りから見ると、

不思議な光景になる。

 

一番大きな声で語っているのに、

一番前には立たない。

 

一番問題点を指摘するのに、

一番改善には関わらない。

 

一番不満を持っているのに、

一番早く距離を取る。

 

それでも本人は、

「自分は戦っている側」だと思っている。

 

いや、

戦っている“つもり”でいないと自我が保てない

と言った方が正しいかもしれない。

 

本当に立ち向かう人は、

静かだ。

 

逃げる人ほど、

自分が逃げていない証明に必死になる。

 

だから、

ファイティングポーズだけは

いつまでも崩さない。

 

でも、

ポーズは姿勢であって、

行動じゃない。

 

時間が経つと、

周囲はちゃんと分かる。

 

「あの人は、戦わなかったんだな」と。

 

その評価は、

本人がどれだけ否定しても、

自然に定着していく。

 

逃げること自体は、

恥じゃない。

 

逃げた事実を直視せず、

戦っているフリを続けることの方が、

よほど苦しい。

 

そう思う。