昨今、いやむしろ昔から
目上の人が「近頃の若者は無礼だ」と憤るような展開が繰り返されてきてるように思うんですが、
それはやっぱり偏見というか錯誤だと思うわけです。
生活をしていれば、先輩後輩という関係は出てきて当たり前ですし、
職務上の経験が年齢の順と合わない事なんて今となってはよくある話でしょう。
仕事にしろ人生にしろ先輩を敬う気持ちはあって当然、
しかしそれは後輩に対してもまた同じで先輩は神でも後輩がゴミじゃ何の意味もないでしょう。
そもそもそんな事は仕事上だけでなく、生活していく上で常につきまとう問題です。
安全運転週間などになると「譲り合い」という言葉をよく聞きますが、
それは『車対車』だけでなく『人対車』『人対人』だって同じだと思います。
「歩行者優先なんだから早く通せ」とか「自転車はもっと端を走れ」とか
みんな急いでる時は特にそんな風に思っちゃう筈です。
でもそれで片方がわがままを言っている限り、それは「譲り合い」には成り得ません。
双方譲ろうと思って初めて「譲り合い」です
コミュニケーションも一緒です。
仕事上だと人間関係も一筋縄ではいかないかもしれません。
次から次に人が入れ替わるような職場や規模が巨大な職場では関係は希薄になってしまうかもしれません。
しかしそれでも、お互いがどう思っているかで状況というのは変わっていくものでしょう。
ぶっきらぼうでもそれは仕事への真摯さの裏返しかもしれません。
敬語を使っていても、それはうわべだけかもしれません。
年長者や先輩には基本的には敬語で接するべきだと思います。
というか、「教わろう」「お世話になる」といった気持ちがあれば勝手に敬語が出ると思います。
そういう意味では若者は敬語がおろそかになりがちな気はしますが、
やっぱりそれはいつの世でも若者は背伸びしたがるんじゃないか、という事で。
常に心に余裕を持っていられれば、きっとそんな事には悩まされずに済むんでしょうか。。。
ここまで言っておいてなんですが、私はわりと人見知りする方なので、
仲良くなってから出会った当初を振り返って
「怖かった」「怒ってると思った」と言われる事が多々あります。
しかし、「人見知り=怖く見える」という図式になるのは可笑しな話で
結局私がコミュニケーションをちゃんと取ろうとしておらず、
つっけんどんな態度をしているからそのように思われてしまうわけです。
今までどれだけの数の厚意を無駄にしてきたかと思うと・・・。