やろうやろうの呪縛 | RIDE HIGH 実践! メディア学

やろうやろうの呪縛

仕事に関して…

今まで、ミスではなく、
いわゆる“失敗”っていう事はそれなりにありました。
でも、それが原因で今でも凹んでるってコトはありません。
※反省をしていないという意味でなく、引きずっていないということ。

なので、“呪縛”って言葉を使うのは少しためらいましたが、
なんせ、メモってたので、その記録をしたときの
自分の気持ちを尊重して、このままいきます。


今年に入って、
「やろう!やろう!」的なテンションの物事に
ものすごく、懐疑的思考になってるような気がしています。

何だろう。

この感じ。

「やる意味ある?」とか「もっといい方法は?」とか
「行く必要ある?」とか「で、どうなるの?」とか
「誰がやるの?」とか「今じゃなくてよくねぇ?」とかです。


判断する際に、とても大事なことだとは思いますが、
まず、このあたりが一番最初に頭をよぎると、ダメな気がします。

この思考ってよく考えると、
自分は熟考した気になって心地よいかもしれないが、
「やろう!やろう!」的な人には
ものすごくテンション下がるんでないかと。

なので最近は、当たり前でしょうが、
「やる意味なかったら?」とか「もっといい方法がなかったら?」とか
「行く必要がなかったら?」とか「で、どうなるのかわからなかったら?」とか
「誰がやるかが決まらなければ?」とか「今じゃなくてもよかった場合は?」

と、
「やろう!やろう!」を前提にはしますが、
半歩先のリスクヘッジ的な見解をも同時に持つように心がけています。

そうすると、
自分自身も「やろうやろう」当事者にも
内容は違うけど、コミットが生まれます。

自分自身→ 「~たら」の答えを共有できたら、リスクヘッジもとれ、前進できる。
当事者 → 「~たら」の答えを見いだすために、様々な角度から熟考をするため、見識が広がる。


「やりましょう!やりましょう!」って言葉ほど、
勢いがあるけど、説得力がないかも…。
動機はわかるけど、施策がないかも…。
前進するけど、継続性がないかも…。

ってのが、

多いのでこの見極めは大事かなと思っています!