8年ぶりにシンガポールに行きました。飛行機

26年前に初めて一緒にシンガポール旅行に行って以来、20年近くシンガポールに住んでいる友人や、日本から来た25年来の友人と会って。

みんな子供も大きくなって、子供無しでの久々シンガポールでの再会。ずっとマリーナベイサンズ界隈で、食べて飲んで喋って泳いで。。

ローカル料理も食べずに、好きなものを飲んで食べて。。大人ばかりで楽しむシンガポールでした。

物価の上がり方もすごい。コロナ禍で家賃もほぼ倍になったシンガポールの友人宅。

このコロナ禍でも、家賃据え置きなうちのマレーシアのコンドのオーナーは親切だな。。









のんびりペースではありますが、出来るだけマレーシア留学について書いていこうと思っています。ニコニコ







中学生からのマレーシア留学は、母子留学か単身留学か。

自分の意思での留学も可能な年齢でもあり、単身寮生活か、母子留学をするか、選択肢がある場合は悩ましいこともあります。







我が家は母子留学でした。寮生活をするなら高校生からかなぁと、3年間だけ息子の留学に付き合うつもりでマレーシアに来て。

コロナもあり、親元を離れて高校生活を送っていた娘が、大学をマレーシアで過ごすことになり。

当初の予定の私の3年間滞在はスルーして。。

なんだかんだ私のマレーシア生活も子供達と一緒に5年目になりました。






今は子供達と一緒に暮らすのも、このマレーシアでの生活が最後かもしれないと思っています。

子供達とのマレーシア滞在最後の一年、一緒に過ごす子育て最後の一年を楽しもう!という気持ちで住んでいます。ニコニコ

現実は高校生も大学生も毎日忙しい日々の最後の1年間になりそうです。。爆笑






単身留学か、母子留学か、留学するかしないかも含めて。仕事の関係でマレーシアへ来たわけでは無く、留学が目的でマレーシアへ来ることを決めた我が家の一番の決め手は、息子がマレーシア留学を選択したからでした。

むしろ、息子がマレーシア留学を選択しなければ、母子留学はしなかったと思います。

留学に限らず、自分の意思で何でも選んで決めて欲しいと思っているので。






小学6年生の夏休みには、息子にはいくつか選択肢がありました。

マレーシア留学か、横浜自宅から通える私立受験か、公立か。当時高校生の娘は神戸に居たので、私達も関西に住んで、関西の学校を受験するのか、公立か。

私立の学校見学も数校行ったり、関西のインターの説明会にも参加したり。

どちらかと言うと、先に国内での進学を検討していて、関西のインターの説明会に参加した時に、海外母子留学も可能だなぁ、、と思い付いて、マレーシア留学も息子の進学先候補に入りました。

この関西のインター校の無料説明会3時間に参加したことは、私の思考の壁をガラガラと崩してくれる、貴重な体験でした。





なぜマレーシアになったのかは、マレーシアの母子留学の情報が多く、情報収集が簡単だったからです。




その前は、留学をするならアメリカかなぁ、、と漠然と考えていました。アメリカのアメリカ人親戚宅がNJ州にあり、NJでの母子留学からまずは調べてみようとしましたが、、何も情報にたどり着かない。。母子留学ではなく、駐在や寮生活でのアメリカなら情報があったんでしょうね。

母子留学にヒットするのは、マレーシアでした。

小学校高学年の頃にタイに住んでいた私には、マレーシア生活に違和感も感じませんでした。






そんなこんなで、全ての可能な選択肢を息子に話して、夏休み中考えて貰っていました。

結果的に、面白そうだから!という理由で、小学6年生の夏休み最後の日に、マレーシア留学を選択しました。もぐもぐ





この日は、通っていた中学受験塾の、夏期講習最終日でした。

夏期講習最終日を受けて、マレーシア留学を選択した息子。

中学受験に向けた9月からの塾側の気合いにひるんで、マレーシア留学を選んだのでは、、と思いながらも。照れ

それも最終意思決定の判断材料になったのなら、有効な塾の夏期講習だったと思います。







中学受験のつもりの夏期講習が、留学を決めることになる。

関西インター校を検討して参加した説明会が、マレーシアへの母子留学を思い付くきっかけになる。






将来の選択に迷うときは、とりあえず思いついたことを行動してみる。

行動をしてみると、新たな考えや新たな人に出会ったり、逆に違和感を感じて方向転換をしたり。

行動をした結果、結論を出すスピードが上がるなと感じます。





また留学のお話続きます。ニコニコ