1日何も食べていないせいか、乾いた音で鳴いてばかりの腹が五月蝿いので、やれやれ潤いを与えてやろうと今宵訪れるはやよい軒。
まず店に入ると、自分の身長の顎先程の背丈のある食券機がズンと構えている。
食券機「いらっしゃいませ」
俺「どれにしようか」
食券機「いらっしゃいませ」
うるせえ
「味噌カツ定食にするか」
そこで財布に入っていた5千円札を惜しみもなく差し出す。
ちゃりん、ちゃりんと小銭がお釣りで出てくるので取り出して財布に閉まっていると
「お札をお取りくださいお札をお取りくださいお札をお取りくださいお札を」
あのな、分かってんだよ。俺はさっき5千円入れたから2百円程の小銭に加えて千円札が4枚くるこた分かってんだよ。
「お札をお取りくださいお札を」
ガシュッッッ
つい物凄い勢いでお札を抜き取ってしまった。食券機が意外と大きな声で何度も言うもんだから周りの客が
「食券機に札忘れてるやついんじゃね?(笑)」
みたいな顔してこっち見てんだもん。
とりあえず一息ついたので空いている席を探す。
ここでポイントとなってくるのが、やよい軒はご飯がお代わりし放題という事。
白米大好きな奴にはうってつけパラダイスなのだ。
というわけで俺もそのパラダイサーなので、決めるべくはお代わりが出来る炊飯器が置いてあるすぐ近くの席。
見渡すと、炊飯器すぐ隣の席が空いていた。
俺はそこをエデンオブパラダイスと心の中で名付け席に着いた。
店員「食券あす」
は?
席の前で座る前に荷物を置こうとモタモタしてたら、声の小さい店員が俺の味噌カツ食券を卓から引っぺがして持って行った。
普通客が座ってから水置いてそこから食券だろうよ。
まあ忙しそうなのでギリギリ許してやるがあのやる気のない
「あす」
だけは絶対に許さないと決めつつも一応返事をした。
俺「あ、おなす」
そんなこんなで定食が来るのを待つこと10分近く。
店員「おまたしあすた」
お前さあ
いいよもう味噌カツじゅーじゅー言ってて美味そうだから許してやる。早く去れ。
ここからは俺だけの時間だ。
ようやくありつける味噌カツ定食。
漂わせる味噌の優しい香りと、濃厚な味を想像させる黒茶色、そこに散らされた万能ネギの色合いに加え、鉄板の熱にカツが焼ける音が俺の食欲を極限に高めていた。
だがここで間違えて行けないのは、定食を食べる時の配分なのだ。
まず、厨房から運ばれてきた時の椀に収まっている白米の量は個人的には並以下なのである。
そして俺は大盛りの白米と味噌カツを一緒に※舞踏る(たべる)ことを決めている。
(※白米とおかずが配分を合わせ綺麗に一緒に食べられる様は、さながら社交ダンスをしている男女の姿に似ていることから)
そのため、最初の一杯は主菜に手をつけず空にするのが俺流なのだ。
〜レッツダンシング〜
まず俺は、主菜以外のおかず(そなえつけの冷奴や味噌かつ脇に配置されたポテト等)のみで並以下のご飯を最速で一杯空にした。
ウォーミングアップを済ませた俺は徐々に体温を上げて行く。
この辺の準備運動の手際の良さは、中学までやっていた陸上競技での名残だろう。
そしてヒートアップした胃袋はもう待ちきれんと脳に命令を与え、身体を炊飯器の前へと運んだ。
前に佇むは業務用炊飯器だ。
居酒屋の厨房でバイトしていた時に毎日こいつを使ってきたもんだ、と少し懐かしさも感じつつほくほくの白米を拝む楽しみを
噛み締めていざ、その重たい蓋を掴み上げた。
ピタッ
脇に置いてあったしゃもじを掴もうとする
腕の動きが止まった。
それもその筈。
炊飯器の中にある米は、目測
最 初 の 一 杯 目
と
変 わ ら ぬ 量
の
残 さ れ た 哀 れ な 白 米 達
しか居なかった。
俺「店員さん」
自分でもわかる。消え入りそうな声だ
店員「はぇい?」
俺「炊飯器、米、いいですか」
店員「おこめす」
この店員、この日フロア担当だったこの店員が今宵俺のやよい軒の楽しみを少しずつ、少しずつ崩壊させているんだ。そうに違いない。
いいか店員さん、やよい軒は遊びじゃねえんだ。
そりゃ24時間営業だし夜中とか変な客層だったりもしてビシッと仕事する気持ちが削がれるのも分かる。
でも遊びじゃねえんだ。
俺の気持ちを分かって欲しかった。
まだ一口も手をつけていない味噌カツと、心なしかキラキラと光る一杯の空の椀を見て気づいて欲しかった。
俺が心底、この味噌カツを楽しみに食べようとしていたという事を。
そして裏で炊いてあったであろう米が1分ほどで到達し、少し落ち込んだ気持ちも山盛りになった白米を見たら晴れたのでダンスを楽しみ俺はやよい軒を後にした。
味噌カツ定食、普通でした。