仕事が休みの6月のとある土曜日

その頃の私は、徳を積むことを意識し始めていて、

まだ人通りの少ない早朝に

マンション脇の道路の生い茂った草を刈りました。

その日は確か2回目でした。

良いことをすると気分がいい。

その前には、早朝に近所のゴミ拾いをしました。

人知れずこっそりやっても、

きっと神様は見ていてくださる。

そんなことを思いながら、

強運を引き寄せたいと下心ありありでしたニヤリ


ルンルン気分でいたのも束の間、

自分でもなぜそんなことになったのか未だに思い出せないのですが、

ダイニングテーブルの脚に足の指をぶつけたのでした。

しかも、同じ指を同じ場所に二度も。。。トホホ

いった〜いえーん

抗がん剤の副作用で痺れが残っている足でも痛みがわかりました。

しばらく動けなくて、足を冷やしながら押さえていたら、

みるみるうちに、内出血が広がり、

これはただごとではないな〜と青ざめました。

病院へ行くか行かないか様子を見ながら迷っているうちに、

土曜日の診察時間は終わってしまいました。


なんとか歩けはしたものの月曜日は病院行き必至で

仕事は時間休をいただくことにしました。

近くの整形外科にタクシーで行きました。

室内では、なんともなかったのに、

靴を履くと足指が当たり痛くて歩きづらかったのです。

レントゲンを撮ったら、

ヒビ(不全骨折)が入ってますね~。

治るまでにひと月はかかりますよ!

と先生に言われ、隣の指を副え木にし、テーピングしてもらいました。

ヒビで良かった。

すぐ治るでしょう。

私は高を括っていました。

次は2週間後に見せに行くことになりました。


その後、会社に行って、上司と部長に状況説明をしたら、

しばらく在宅勤務をしてよいとのことでした。

ありがたきお言葉

本来、在宅勤務は週3日の制限がありましたが、

こんな時こそこの制度を活用すべきだと部長の図らいで

特別許可をいただきました。


先生の話によると、

足の指は身体の先端ということもあり、

カルシウムがなかなか行き届かないから、治るのに時間がかかるとのこと。

それからというもの、

私はできるだけカルシウムを摂取をしようと

牛乳を飲み、小魚、切り干し大根、ウエハースなどを

意識して食べました。


在宅勤務中は足を上げていたものの

足指は時折ズキズキと痛みがあり、

ヒビでもこんなに痛いものかと事の重大さをしみじみと実感し始めました。



お久しぶりです 。

元気に過ごしています。

昨年の闘病日記からずいぶん歳月が経過しました 💦

ブログを書く時間がなかなかなくて中断せざるをない状況でした。

過去を振り返るとつらい思い出が蘇ってきたことも事実です。

文章を考えているとなかなか眠れなくなってしまうのです。

それでも、記録に残しておきたいという思いはあるので、

また、続きを少しずつアップしていきます。


今回、ブログを再開することにしたのは、

おへそ人生に一大事があったからです。


なんと、60歳定年退職という決断びっくりマーク


その決断に至る経緯も含めて、

現在の自由な日々をブログに綴っていきたいと思います。


これからも引き続きご愛読いただけますと幸いですウインク

9/9 心療内科の帰りに
会社に1ヶ月延長の診断書📝を提出しました。

その時、上司から復職した時も
今の業務をしたいかと聞かれて、
迷わずNOと答えました。

そしたら、そうですよねぇ!
そうだと思いました!と言われて、
復職した翌月は同じ部署の
違うグループに異動になりますよ!と
断言されました。

これは、きっと部長の計らいですね。

仕事が原因の適応障害なので、
当然と言えば、当然ですよね!

あの超多忙な業務から
こんなに早く解放されることが決まったなんて、
夢みたいでした。🙌

2〜3ヶ月休めば、
復帰すると思われて
早々に計画を立てられていたのではないかと
思われます。

上司は聞きたいこともあったようで、
仕事の話してもいいかな?と断ってから
今現在の仕事の話もしましたけど、
全然うまくはいってなくて、
かなり遅れているようでした。

そりゃそうでしょ!って感じですね。
どれだけ大変かわかってもらえたようです。

9/15には、上司に、
婦人科のことをLINEしました。
いきなり病名を言うと
ビックリされるかも知れないので、
それは言いませんでした。
診断書でわかりますしね。

数日後、診断書ができたので、
労務部の課長と保健師さんとの面談の時に
提出しました。

適応障害で休務になって、
途中で子宮体がんが発覚して、
診断名が変更になって、
こんな人は初めてです!
と会社側も戸惑っておられました。

この時は、まだ初期だと思っていたので、
何ごとも経験ですよ!と明るくケロッと
話したのを覚えています。

そんな経験しなくていいです!
と言われましたがね🤭

それと、最後に確認がありました。
仲良しの保健師さんは、
本当は私の部署の担当ではないのに
ずっと対応してくださっていました。
確かにそうでした😓

今後はどうするか?
私に意向を確認されて、
大変申し訳ないけど、
そのままお願いしたいことを伝えました。
保健師さんも乗り掛かった船なので、
最後まで見届けたいと
同意してくださいました。

保健師さんにとっては、
重い業務が増えるわけですが、
そこはプロなので、
どんな時も丁寧に優しく
時に面白く対応してくださいました。
仕事とはいえ
本当にありがたいことでした。

つづく




ガン告知の次の日

友達のYちゃんが心配して

心は大丈夫ですか?と

朝早くLINEをくれました。


私は、夜明け前の空がキレイだったから、

朝活ウォーキング🐾してきたよ。

ココロは、何とか大丈夫🙆‍♀️

と返信しました。


更年期で辛い時期に、

過度のストレスが重なり、

女性ホルモンにかなりの影響を

及ぼしたのではないかと

考えたりしてました。💦


Yちゃんの助言や優しさなど

諸々がなかったら、

私はずっと無理をし続けて、

身体がボロボロになってたんじゃないかな?

と思っていました。

どんなに感謝してもしきれません。


ホント、いつもありがとうねと

お礼の言葉を送りました。


Yちゃんは、

私が前向きでいてくれたので

こちらも救われると言ってくれました。

もうきっと他人事ではなかったと思います。


そして、Yちゃんは

ご主人ががん闘病中に

とても落ち込んでいる姿を見てたから

癌を克服するにはポジティブが一番だと思うよ

と私に言葉をかけてくれました。


弱気になってしまうと

がんがどんどん侵食して

自分を乗っ取られる感覚です。


私もYちゃんがいてくれなかったら、

一人で怖くて不安で

本当にうつになってたと思います。


がんと闘うのは、ひとりじゃない!

この時ほどそう思ったことはありません。


コロナ禍だったため、

そんなに人と会うこともなく、

限られた人にしか

がんの話はしませんでした。

両親と姉夫婦、Yちゃん。


まだこの先どうなるか

わからない状態だったので、

他の友達には先が見えて

落ち着くまでは言わないことにしました。


このタイミングで、

芸能人の鳥居かほりさんの

子宮卵巣摘出のニュースが出ていました。

同じ年やん!


保健師さんからは、

昨日の電話があまりにも

サバサバとしてて気丈な感じが

逆に心配になった!と電話がありました。 🤣


Yちゃんも

癌を宣告された当事者とは

思えなかったはずよ。

心が壊れた……と思われたとよと。


病名が何かわからず

霧に包まれてモヤモヤしてた時からすると

残念ながら、がんではありましたが、

病名がわかって

スッキリした感じはありました。


初期だと言われ、

とりあえず手術すれば、

なんとかなる。

その時はそう思っていました。


鳥居かほりさんの話も

元気になったと書いてあったので、

安心材料のひとつになりました。


Yちゃんは、
職場の男性で鬱になりかけてる人のために
数名でお食事会を設定し、
話を聞いてあげたそうな。
明らかにその人の異変を
見て感じ取れたそうです。

こんな風に仲間を思いやる気持ちがある人が
周りにいれば、
少しは症状も改善されるかも知れませんね。

みんな優しいな〜。
仲間意識があって、羨ましかったです。

そういう仲間がいてくれたら、
私も病気にはならなかったかも?

次の日、母から電話があって、
手術はいつなの?
保険はちゃんと入ってて、
給付金もらえるの?って心配をしてました。

心配で眠れんかったんじゃない?と聞いたら、
あんたが軽いと言ったから、
ぐっすり寝たよ〜!と言われました。
まぁ、いつも睡眠薬は飲んでますけどね。笑

週末は、姉の家に泊まって、
親にも顔見せに行くことにしました。
会って話した方が安心するでしょうからね。

私もひとりでいるより、
気が紛れるし、
姉に美味しいパンを食べさせてもらう
約束をしました。

姉も私と同じ心配症なので、
気がかりだとYちゃんに言ったら、

ほんとに悩んだときに
相談に行った先生から言われた言葉を
教えてくれました。

【心配しすぎるとホントにそ~なるよ】と

そうですね。
何ごとも良い方に考える習慣をつけないと、
自分がきつくなりますよね。
気持ちの持ちようが
人生に大きな影響を及ぼしますね。

入院に向けて
かわいいパンツ買っとかやんよ

それ、思ってるよ。
でも、可愛すぎてもどうなん?

脱がされるのと履かされるやつ2枚ね。

他愛もないLINEは、
日常茶飯事です。

深刻な状況も
笑いに変えてくれるYちゃんに
脱帽です🎩

つづく


9/13 いよいよ検査の結果がわかります。

友達のYちゃんが仕事が休みなので、

付き添いできるよ!と言ってくれてました。

ありがたや〜🙏


内心ドキドキではあるけど、

Yちゃんと一緒に聞けるという安心感で

前向きに考えようと

一縷の望みに賭けていました。


私はこれまでずっと健康に気を遣って

生きてきました。

栄養のバランスを考え、ほとんど自炊、

適度な運動をし、標準体重。

高血圧でも糖尿病でもない。

健康診断でも軽度の経過観察はあるものの

これと言って特別悪いところもない。


2人で病院へ向かう時も

私がんじゃないと思うんだけどな〜と

言ってたのを覚えています。

がんであるはずがない。。。


《子宮体がんを発症しやすい人の傾向》

・閉経以降

・不規則な月経、無月経や排卵異常

・妊娠や出産の経験がない人

・肥満

・高血圧

・糖尿病

・近親者に乳がんや大腸がんの経験がある人


該当するものは、

閉経以降と

妊娠出産の経験がないことくらい。


あれこれ考えても

結果はすでに出ている。

なるようにしかならない。

そうも考えていました。


予約時間は、10:30〜でした。

なかなか呼ばれないので、

落ち着かなくなってきました。


一度私の呼出番号が表示されたのに、

一瞬で消えて、

後回しにされました。


な、なに?


そんなことは今まで

一度もありませんでした。


私が呼ばれたのは、

12時前、周りには患者さんも

ほとんどいなくなっていました。


先生は開口一番、

おへそさん、子宮体がんでした。

初期と思いますが、

手術が必要です!と。


結局、私はがんを宣告され、

頭が真っ白に。。。

幸いにも

初期だということがせめてもの救いでした。


順番が後回しにされたのは、

私が動揺し、

泣くのではないかと

心配されたからではないかと後で思いました。


支払いをした後、

結果の心配をしている母と保健師さんに

電話をしました。


私が落ち込んだ声を出すと、

よけいに心配されると思い、

明るくケロッとした感じで、

初期だから大丈夫!と報告しました。


Yちゃんは、いつも1時間近くかけて、

私の付き添いに来てくれてました。

悪い結果だけ聞いてもらい、

帰すのは申し訳なくて、

Yちゃんに秋まつりに行かない?と誘いました。


Yちゃんは、私が良ければいいよと

誘いに乗ってくれました。

このお祭りは、

2人とも夜しか行ったことがなくて、

昼間はどんな感じなんだろうね!

とちょっとワクワクでした☺️


2人で大道芸を見たり、

露店を楽しんだりしました。


かき氷🍧を食べながら、

がんの告知をされて、

お祭りでかき氷を食べているのは、

世界で私だけかもね?と言いながら、

自然に涙が頬を伝いました🥹


いよいよ

この日から私の闘いが始まりました▶️


つづく