先日、母との壮絶な過去みたいな感じで遠野凪子?のトラウマみたいなのやってたの観た。
いろんな母子関係あるなーって。
うちも同じくらい、いやそれ以上だからよくわかるけど、
私は愛されたいとも思えなかった。
褒めてもらいたいとか喜んで欲しいとかそうゆう感情が一切なかった。
大好きなんて感情持てなくて
本当に母に対して期待とか出来なかった。
というか、母にこだわったことがそんなになかった。
それよりもっと沢山他に
「なにか」があったからなのか
それはよくわからんが、
とにかく
「関係」なかった。
今もう七年は確実に会ってないが
これからも会うことはないだろうし
もしかしたら葬式すらいかないかもしれない。
恨むとか憎むを通り越して
関係ない、ってとこが1番きちんと表す言葉のような気がする。
でも娘ともけして関係がよくない私にとっては完全に関係が無くないような気がしてソコに憤りを覚えてしまう。
あの人との因果を続けたくない。
褒められたコトもない
抱きしめられたコトもない
かばってもらったコトもない
守ってもらったコトもない
うん、そんな私がどう娘を
褒めて
かばって
抱きしめ
守ればいいか。
それはなかなか大変なものでした。
抱きしめようとすると
手が震えたし
褒めようとするとむしゃくしゃした。
かばう、守るはへんな正義感が強い性格がゆえに考える前に行動に出ちゃうんだけど。
この10年そうやって葛藤しながら生きてきた
「親になればお前もわかるよ!!!」
「お前も娘にお前がアタシにしてきたようにされればいいんだよ!!!」
絶対そうはならねーよ、と
育ててきたのかも。
そのこだわりみたいのが無くなって
どーでもよくなってきたここ数年。
それでもふと見わたせば
妹は完全に本人は認めないけど
完全にアウトだし
私もなんだかこんなだし。
やっぱり
親に愛された人と
そうで無い人は
確実に差がある。
確実に何かが違う。
当たり前のことを
当たり前にキチンと出来る。
これが愛された人。
当たり前のことが
当たり前に出来ない。
愛されないで育った人。
大まかに言うとね。
でもそれって
結構基本だよね、人間として。
iPhoneからの投稿