レハエルは・・・

2002年2月25日にエジプシャンマウの母親が

飼い主の家から二度目?の脱走でできた6匹兄弟の1匹として、この世に生を受けました。


エジプシャンマウの飼い主は・・・

エジプシャンマウ同士の交配を希望していたらしいのだがあせる

どういうわけか

外で子供をつくってくるらしい・・・

その…二度目に出来た子の中にレハエルがいたのだ。


エジプシャンマウの血統が色濃くでている猫たちは

早く貰われていったけど・・・

白黒のレハともう1匹はもらいてがなかなか見つからなかったらしい汗

もう1匹の子は・・・

レハと同じ白黒だったけど

お鼻のあたりにも黒い模様があって・・・

ちょっと・・・見栄えがよくなかった汗

レハは白黒なだけで・・・かわいいんだけど

出べそだったのです叫び


別に・・・私は、東京で1人暮らし

旅行へも行くし

神戸の実家にも帰るし

動物を飼う理由なんてなかったんだけど

つい・・・貰い手がないと聞いて

飼う事に決めた。


ちょうど、頂くと決めた頃

私と仲良しのママは二人でベトナム旅行に行ったんだ。


そのママは

銀座のママでレハエルの生みの親と兄妹にあたる

エジプシャンマウを飼っているので

(今も・・・ぶんちゃんは元気です)


なんていう名前にしようか・・・なんて

旅しながら話していました。


候補はソングー

ベトナム語で二匹の魚という意味です。

猫ならお魚すきだからいいかも音譜

なんて・・・ほぼ半決まりだったのが


rehael になった。


携帯サイトで守護天使占いがあって

私の守護天使が「rehael」だったんだよねニコニコ


レハエルを頂いた日。

あまりの可愛さに・・・ママが誘拐しようとした^ ^

それを阻止して

お家に連れ帰ったんだよね


生後4ヶ月だったけど

まだ小さくて

可愛かった音譜


一緒にずーっと生きていこうねって


まずは・・・病院へ連れて行った

出べそ・・・

私は、それで愛嬌だなぁって

思っていたけど汗

ヘルニアになってしまう可能性があるとかで

手術を受けることになってしまった

同時に、去勢手術も・・・


これに関しては・・・

未だに後悔している。

私はレハから子孫を残す権利を奪ってしまったのだ

だから?

できるだけ、外を・・・自由に歩かせてあげた

代償にしては・・・どうなのかなぁ

命あるものは・・・やっぱり、子孫を残したいものなんじゃないのかなぁ

それが、申し訳なくて仕方がない


出べその手術にかこつけて・・・

去勢手術もしてしまったのだからあせる


あの手術のことも6年前のことだけど

脳裏に焼きついている。

その病院は世田谷でも有名な動物病院で

手術中の様子もモニターで見ることができます。

レハは手術台に乗せられて

大の字に固定され・・・

麻酔で眠っていました。

私は、見ていられなくって

外に出てしまったけど・・・

未だに・・・あの姿が思い出される。


その後、レハは元気に過ごしていました。


お散歩が大好きで

よくベランダから遊びに行っていました。


でも・・・よその猫?と喧嘩もしたらしく

右耳が少し齧られています汗

東京の頃は、よく怪我して帰ってきてたなぁ

それでも、お外に遊びに行きたがっていた


あと、リビングのテレビの上にもいつも乗っていたなぁ

そのテレビは今も、私の寝室に置いてあるけど・・・

東京の頃だけだったなぁ

このテレビの上に乗っていたの・・・

(でも、このテレビも地デジになったらあせるお払い箱?)


人が家に遊びに来ると・・・

寝室のベッドの窓際?カーテンの中・・・

ずっと隠れていたよね

動くから、判るのに

それは・・・今も変わらないけどあせる

人が訪ねて来ると

2階へ一目散DASH!

「もういないよ」って、呼びに行くと

窓辺のカーテンの裏に隠れているんだよね


安心なのかなぁ


私の今の部屋には3つ窓があるけど・・・

いつも・・・決まってなかったよね汗

気分で決めていたのかなぁ

不思議な子だねぇ