頬ひげ、あごひげを蓄えている人は、自分のやさしさを持てあましている人である


(発想の航跡 神田橋條治著作集:ふと振り返ると(1995)より)

<発想の航跡 神田橋條治著作集 (岩崎学術出版社)

                 :青年期治療の基本問題(1977)より>


青年期の人を診察したあと、告げるとよいコメント。


「わたしは迷っている。あなたの問題について、専門家であるわたしは何か役に立てそうな気がする。私と話をしたり、薬をのんだりすることで、あなたの問題は、ずいぶん能率よく整理されてゆくだろう。他方、もしあなたが自分ひとりの力で解決してゆこうとしたら、ずいぶん試行錯誤を繰り返し、大変な時間と労力を使ってしまうことになるだろう。悪くすると、整理に失敗して、結局、精神科医の助けを求めることだってあるだろう。つまり、外来通院して治療することは効率のよい方法だし、独力でやることは効率の悪い方法だといえるだろう。だがしかし、幸運にも、というか、工夫と努力の甲斐あって、何とか、下手でも自力で解決できたとしたら、そのことは、あなたの

一生を支えるような、財産ともいうべき自信をもたらすだろう。そのうえ、一見無駄のようにみえる試行錯誤の中で、あなたは、将来何かの役に立つ色々な経験を積むことになるだろう。つまり、難行苦行した分だけ、おまけがあるということになりそうだ。そう考えるから、私は迷ってしまうのだ。治療するか、独力でやってみるかは、あなたにとって重大な決断ということになるし、わたしはあなたではないのだから、あなたにとっての重大な決断をまかせられるのは、ちょっと重荷だ。そこで、こうしてみたらどうだろうか。まず、あなたが自分で考えてみて、治療に来るか、来ないかのうち、よさそうに思える方を選ぶ、そして、もし治療する方を選んだら、『しない方がよいということがはっきりしたら、すぐにやめる』という方針で、仮に治療を開始する。もし治療しない方を選んだら『一人でやるのは無理だとはっきりしたら、すぐに治療に来る』という方針で、当分の間、仮に自力で頑張ってみる。こんな方法なら、わたしにも重荷がないし、あなただって、重大な失敗をするとか、後々まで悔いをのこすとかいったこともないのではなかろうか。」


つまり、青年期の精神療法に際してもっとも心にとどめておくべきことは、


「私は、自由な意志の決断に基づいて、私自身の人生の進路の決定に、少なくとも部分的には参加しえたのだ。」


という感想を、その青年が持てることが大切であり、たとえ、客観的視点から見てそれが幻想であろうとも、当の本人がそう感じていることが大切。


 健常人においては自己の心身の活動は自己に所属し自己によって統御されているものである。そうした調和が崩れ、心身の活動の自己所属感が失われた状態が離人症であり、自己統御感が失われたのが恐怖症・強迫症である。

 

 自己の人生の自己所属感を増大するには統御感を増すのが有効である。そして人生の岐路における決断作業は統御感に耽るための近道である。


 人生における決断のほとんどは、当人が期待しているほどには自己統御の行為ではない。知性豊かな現代社会に生きるわれわれは、自己の人生の大部分は外部の力や状況によって決められており、自身で統御している部分は微々たるものであることを知っている。その結果、人生の自己所属感がとても薄くなってしまっている。