昨日は素朴な疑問として書いたが、

対自分向けの感情の吐露という視点で書いてみる。

 

新型コロナの感染症対策、

個人的に協力する体で行動してはいるものの、

精神的には1ミリも受け入れられない自分が居る。

 

自分がこの世で生きてきた中で、

社会貢献や人間関係の基本は、

挨拶、スキンシップ、握手、

自分の顔を見せること、相手の顔を見て話すこと、

コミュニケーションのために、人に近づくこと。

 

感染症を予防するための手法と見比べても、

自分の見識の全否定である。

 

緊急事態宣言の解除後の世界でも、

このパラダイムシフトが長く続く事が予想され、

ほとんど鬱な時間を過ごしている。

 

以前から、一日も早く経済を立ち上げないと大変なことになる、

と予想はしていたが、

現実はもう既に遅く、予想以上の惨状になりつつある。

それどころか、

このまま感染症対策が続くなら、経済は死ぬのではないかと思う。

 

ふれあいやぬくもりのない世界で、

成長する営業というものが想像できない。

「そんなのは人間と言えない」と思ってしまうのだ。

 

親たちも今、子供たちに

「他の子に近づくな」

「他の子に触るな」

「マスクを外してしゃべるな」

と教えているのだろうか?

 

今、私たちは、ウイルスを恐れるあまり、

おぞましい事をしていないだろうか。

こんなパラダイムシフトがあっても、

引き続き人間で居られるのだろうか?

 

今は、「人間らしさ」という概念も、

わからなくなりつつある自分が居る。

街を歩く人々が、殺虫剤を撒かれている虫に見える。