今、マスコミにおいては、

緊急事態宣言に遅すぎるが何パーセントとか、

宣言を支持するが何パーセントとか、

数字を出せば信頼性があるかのような報道が闊歩している。

 

今更と思われるかもしれないが、

昨今表示される数値データは、

ネット利用者の動向が主となっている。

 

現在、そうした多くのデータはネットにアクセスする人々のログをデータ元としている。

従って、多くの人々が、ネットこそマジョリティと思い、

ネットによるアンケート=世論と思っているかもしれない。

 

平常時であれば、それはそれで大きな間違いではないとも思う。

しかし、緊急事態宣言がなされた現状では、

状況が根底から変わってくる。

 

ネットにアクセスできない、またはしない人々の多くは、

一般論としては社会の底辺の人々と言ってもいいかもしれない。

彼らの多くは、新型コロナウイルスの脅威など、

どうでもいいと思っている。

言わば明日、生きていることにしか関心が無いのだ。

 

だが、休業要請等の施策に起因して、

世界恐慌、あるいはバブルを異次元的に超越する不況が実現した場合、

彼らの存在は全く異なる様相を呈すことになる。

 

平常時であれば、物流あるいは製造業界において、

言わば刹那的雇用とも言える仕事をして生計を立てている。

要するに日払いバイトとも言われるような仕事である。

彼らは物言わぬ労働者として、低賃金の元、

世論にも何ら影響を及ぼさず、静かに社会を下支えているのだ。

 

ところが、飲食業、小売業などが事業自粛に追い込まれると、

当然それは製造業や物流業にも影響が出て、

リストラクション上真っ先に切られるのが彼らである。

それは彼らにとって、生きる伝手を閉ざされることになる。

ストレートにいえば、それは明日の死を意味する。

コロナウイルスの致死率が3%であろうと、

そんなものは比較にならないような確率になる。

 

彼らの実数は、おそらく誰も把握できない。

ビッグデータが無いからである。

そんな彼らを単なるマイノリティだと考えるのは危険だ。

 

休業、あるいは自粛、とか言っている人々は、

彼らに比べれば遥かに余裕のある人々でl、

これだけの貧富の差は、遠いアメリカにしか存在しないものではない。

 

万が一、彼らにリーダーが現れ、

暴動を起こすような事態になったとき、

警察は彼らを止められるだろうか?

個人的には、それはわからない。

 

休業要請と言う政策は、そうした危険性をはらむ行政判断なのだ。

死んでもかまわないと考える群集の恐ろしさは、

コロナウイルスなど比ではないと思う。