そもそも金メダリスト内村に対して、

「あなたは審判に好かれているんじゃないですか?」

と質問するメディアって、馬鹿じゃないのか?

 

だから採点競技は昔から嫌な後味が残るのだ。

体操にしても、フィギュアにしても、

現在は、昔と異なり、

非常に細部にわたる審査基準が設けられていて、

かなり客観的な技術評価ができる状況である。

 

しかしそれでも、やはり人が人を評価する採点競技。

すっきりとはいかない後味は、計測競技との違いである。

だからこそ、実際に競い合う選手達の気高さは尊敬できる。

 

冒頭の質問に関して、内村はただ、

「まったくそんなことは思ってない。みなさん公平にジャッジをしてもらっている」

と答えただけだったが、

銀のベルニャエフは違っていた。

「審判も個人のフィーリングは持っているだろうが、

スコアに対してはフェアで神聖なもの。

航平さんはキャリアの中でいつも高い得点をとっている。それは無駄な質問だ」

明らかに質問にむかついている。こうも言っている。

「航平さんを一生懸命追っているが簡単じゃない。

この伝説の人間と一緒に競い合えていることが嬉しい。

世界で1番クールな人間だよ」

 

同様に銅のウィットロックは、

「大変素晴らしい。彼は皆のお手本です。

今日の最後の鉄棒は言葉がない。

クレイジーとしかいえない」

とまで言っていた。

 

ベルニャエフもウィットロックも、

競技者としての矜持をしっかりと持って戦っている。

そういう競技者達の戦いであるからこそ、

そこに美しさがある。