日本のバラエティ史は1980年THE MANZAIから始まった。
それまでのTVにとってコメディアンは脇役に過ぎなかった。
でも第一章と書いたがドリフVSその他の構図は今年の3月まで続いていた。
ドリフというのはTV初期のクレイジーキャッツから続く音楽+笑いの系譜だ。
だからコントの後ゲストが新曲をプロモーションするというのが必ずあった。
それに対して東京のストリップ劇場でコントをしていた連中と関西の漫才師が集まったTHE MANZAIがオレたちひょうきん族になった。
ひょうきん族は1989年という昭和と平成の境目で番組自体は終わったが、もう一つのTHE MANZAIの流れである笑っている場合ですよの笑っている場合ですよがおかずなら、主食版というべき笑っていいともが続いている間にめちゃイケが生まれ、結果的に今年の春までその他の歴史は続いたという事になる。
ドリフの流れも、それを継続させたのがとんねるずだった。
この間のたいむとんねるであったように、ひょうきん族のメンバーと疎遠になったとんねるずは芸人の代わりに松田聖子、チェッカーズ等のミュージシャンとコントや企画物の音楽をやる事になる。
それがみなおかシリーズという事になる。
結果的にドリフの系譜になった。
そう考えるとなぜみなおかの最終回が食わず嫌い王では無く、松田聖子を招いての本当のうたばんだったという謎が解ける。
改めて振り返ってみるとドリフ=完成された笑い、ひょうきん族=崩した笑いというよく言われる違いとは違う面が見えてくる。
お笑い+音楽VSお笑いオンリーという構図が見えてくる。
それは明日以降考えるとして、その2つの系譜の流れが奇しくも同じ時期に終わって、TV的に言えばもうすぐ1クールが終わる・・・