こんにちはニコニコ





大抵なんでもそうですが、今までのやり方では解決しなかった、、、ので何かを模索している。この状態は子どもが学校に行かないことに関しても言えることです。





Q 不登校は直りますか?
A 今まで通りでは、不登校は終わりません。直したいとはなぜなのか?そして不登校をもしも、“ダメなこと” として捉えてるうちは直りません。





Q ダメなこととまでは思ってませんが?
A なら気にならないはずかと、、、。
気にしているのは、“どんな何を気にしているの” でしょうか?




Q なんで私ばかり?他のお母さんは、価値観が問題ないっていいます?私からみたらあのお母さんの価値観の方が、ちょっと?と思うんですけど?
A ていうその視点の価値観が直すところです。あの人はの方が…は実は見下してますし、自分には価値がないと無意識で思ってます。無意識なので意識に上がりませんから自覚できません。自覚できるまで続くのです。





言い方きついですが、親ヅラしないでください、ということです。。。







結論
親の価値観を変えることが先で、親が頭の中をアップデートしたら変わります。私たちは思考の癖を持っています。その癖は、ほとんどが歪曲されています。知らないうちに、記憶というデータは、引き出した時の環境や気持ち、体調などをくっつけて新たに保管されます。




保管されるときは、さっき引き出した時とは若干異なっているのです。なんと、自分の都合良いように記憶しているのです。




記憶は捏造マシンとも言えます。
なぜなら、記憶を想起した時は、たった“今” ですよね。記憶をそっくりそのままここに取り出して見せて、と言ったって形としては出せません。いつも、




あ・た・ま・の・な・か・




頭の中でしか出せてませんよね。頭の中で過去を反芻し、未来を妄想してるわけです。(良いとか悪いではないですよ)





過去という経験値は単なる記憶で、データでしかないことを腑に落としていただけると、深刻さが軽減されるのですが、いかがでしょうか?








子どもの社会性が失われる」という思い込みがあるとしたら、それこそがむしろ不登校の解決を妨げていると思った方が良いです。




お母さんたちはよく「子どもの社会性が失われる」とも心配されますが、それは考えすぎだと言えます。社会性ってなんですかね?





極論言うと、
社会性を気にするならば、仕事中なのに、悪びれもせずぐうすか居眠りこいてるじじ議員の方が社会性ないですよね? 他にもたくさんありますがキリがなく悪口大会開催されるので中止しますが…





あんなのが罷り通ってる世の中に合わせろと???びっくり





そもそも、「社会に合わせること」を不登校の解決策だと考えている時点で、不登校という問題は解決しません。





なぜなら、その思考自体が[規範型思考]であり「社会に適応しなければならない」「学校に行かなければならない」と子どもに押し付けることで、彼らをさらに追い詰めてしまうからです。





お母さんたちが「なぜ学校に行ってほしいのか?」を深く掘り下げてみると、多くの場合、世間体や将来への勝手な憶測が大きな要因であることが見えてきます。その元にあるのが、規範型思考で、社会集団を重んじているというものですが、それが合わない人がいてもいいですよね?




芸術家、クリエイター、天才肌、アーチスト等、創造的な人には規範など不要です。人類全員が規範型だったらここまで物質的発展は遂げてなかったのですから。





子ども自身の内面を尊重するのではなく、社会の目や評価に縛られた考えが優先されてしまっているのは親としてどう思いますか?。私はこれを知った時深く反省して、居た堪れなくなりました…。






1発達障害をダメだと思うのは自己否定

また、「発達障害だからダメだ」と将来に悲観しているお母さんもいらっしゃるかもしれません。


私自身もこの経験を通じて強く感じることがありますが、発達障害=ダメなやつという考え方は、子どもに対しても自分自身に対しても失礼ですし、それは差別的思考であるということ。これがどんな影響を与えるか?を考えると、愚かさを露呈してしまったと深く反省しました。





これの本質は、被害妄想や被害者意識から来ており、根本には【無価値感】が隠れていることがわかっています。







子どもが学校に行かない理由の一つとして、お母さん自身の[規範型思考]が大きく影響していることが考えられると述べたのですが、つまり、柔軟性がない考え方が、子どもを不登校に追い込んでいるのです。




自分としては、十分柔軟性があると思っていたのですが、、、そうではなかったということをただただ受容れるだけです。




ここで、子育てのピークがあったと思います。腹が立ってしまう、なんで私が?と憤りを感じる、負けたくないと不意に思う、、、人間としてのアップデートを矯正されたようでした。





しかし、お母さんが新しい価値観を学び、インストールすれば、自然と学校に通うようになることも少なくありません。
自分の価値観を再定義する必要があるから、子どもを通して起きていることです。
なかなか受け入れ難いことですが…。





2 社会規範と子どもの自由

お母さんたちが「解決」と思っているものが、[社会規範に合わせること]なのか、それとも[子どもの個性を活かして自由に生きること]なのかで、まったく異なってきます。




発達障害を持つ子どもたちは、自ら望んでそうなったわけではありません。過去に比べて発達障害の認知が進んでいるだけで、実際には言葉がふえたことや私たちの脳の知覚領域の発展が一因とも考えられます。




昔は言葉も少なく、認知領域が狭く今より固定的でした。だからといって、これに対する差別的な見解や否定は不要です。




大切なのは、ありのままの子どもを愛することです。そして、親自身がありのままの自分を愛することが、子どもにとっても大きな支えとなります。





3 親の思考が子どもに影響する

私たち親とはいえ、誰もが幼少期の環境や価値観が深く根付いたまま大人になっています。例外なく。ですので自身が親とのコミュニケーションが不足していたら、現在でも、家族を含む人間関係の悩みを抱えていたり、子育てに悩みを抱えるのだと思いっています。




どれが正しいのか?は考えません。
ただ、原理原則からすると、この状態で子育てをしているため、親(祖父祖母)の「歪曲された思考」が親に受け継がれ、結果子どもに影響を与えることは少なくありません。





親自身が正しい自己理解や自己受容、感情の利用を学ぶことで、子どもは驚くほど自然に学校へ行くようになります。これは、原理原則です。





しかし、他の家庭を見ると、社会に適応できているように見えるお子さんもいます。その違いは何か?という疑問は、私もかつて抱えていました。





でも、それはさっきも述べたように、他者と自分を比較する「自己卑下の思考癖」つまり[無価値感]が原因だったのです。






4 自己を信じ、子どもの個性を大切に

結局、何を「解決」とするかが重要になります。



もし、【学校に戻ること】を目的とするなら、社会適応を強制しかねないという認識を持った方がいいです。


しかし、【子ども自身の個性を活かすこと】を解決とするならば、もっとスムーズに進むと思います。「解決しよう」という認識がなくなりますからね。





最終的に、親自身が価値観を見直し、【社会に合わせることが全てではない】という考えを持つことが、子どもにとっても大きな成長のきっかけとなると考えます。





正直、子どもの社会性が失われるとは、気のせいとも言えます。家にいても社会性は学べます。親子でどこかへ出かけるだけでも社会性を意識していたら、必然的にそのような会話になりますし。




時事問題に対して、あなたはどう思う?あなたならどう解決する?そんな問いかけでも社会性は培われます。




大切なのは、「自分なりのペースで成長していく力がある」と信じる切ることです。信じ切るというのもなかなか難しいことですが、それが今必要なことです。




それは、子どもに対して無償の愛を与えることであり、目には見えない安心感を与えることになります。




焦らないことです。
時間は実は、無限です。
時計の針の動きを見てるから、時間がない…と思う思考癖があるだけです。(ちょっと何言ってるかわかんない😩かもしれませんね)






また書きます。

食べたいもの食べたいだけ食べてますか?
だんだん食糧が少なくなってきましたね。流通規制と物価高と添加物だらけで…。
自給自足ができるようになりたいと考えてましたが、すぐ枯らしてしまうので向いてないえーんなので手に入るもの、家にあるものに感謝して工夫して作るにしました。
脳は怠け癖があるけど、探し物のスペシャリストなので、あるもの調理はトレーニング次第です。

これとこれとこれがあるんだけど、なにか美味しいものは?と問い続けると手が勝手に調味料を待ちます(笑)大抵こういう時はほんとに過去一美味しい!と言われます。



今日も読んでくださりありがとうございます😊