🟩今日は何を持って帰りたいですか?🟩 本ブログを読むにしても、何かのセミナーに参加する時も、YouTubeを見る時、TikTok見る時、X見る時、読書する時、人に会う時、どんな時でも、『今日は◯◯を得たいなあ』という意図をすることで、本当にそれが実現可能となります。是非『何持って帰る?』と問いかけてから見てくださいね。
こんにちは
朝晩が涼しくなりましたね。今年は昨年より早く涼しくなったと思います。涼しくなったらしたいことありますか?
私は森林浴がしたいです。夏の暑さの中はできませんでしたが朝なら森の中を散歩するには、気持ちいいと思います。
幼稚園の子育て中、普通に朝からの出勤でした。方や近所の主婦さんは散歩。朝から散歩ができる余裕があるっていいなぁと羨ましかったです。専業主婦さんだったかはわかりませんが、出勤に急ぎながら横目で羨望の眼差しを送ってました。
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今日のブログでは、子どもの不登校に対する親の悩みと、それに付随する感情的な疲労についてお話ししたいと思います。
不登校の子どもを持つ親御さんへ
私たちは、日々子どもたちのことを心配し、頭の中で色々なことを考えがちですが、その思考の中に、実は過去の出来事や感情が絡んでいることに気づいているでしょうか?
たとえば、過去に誰かに言われたことを何度も反芻したり、頭の中で延々と相手に言い返している自分がいることはありませんか?
それがどんどん膨らみませんか?
あっちが悪かったのになんで言いなりになったんだろう?、
あの時はあれが良くなかった、じゃあどうだったらよかった?どうしたら良かった?
あれもやったし、これもやったのに、、
絶対的に向こうが悪いのに、などの白黒思考に陥ってしまうこともあるかもしれません。
しかし、これらの感情や反応は、必ずしも今の状況に根ざしたものではなく、『過去の体験に起因していることが多い』のです。
過干渉による感情の蓋
あなたが子どもの頃に、親からの過干渉や過度の管理を受けていた経験がある場合、その影響が今も私たちの中に残っている可能性が大いにあります。残っていますと断言してもいいくらいです。
子どもが求めたときに、親が応対しないと、愛されていないと受け取りますし、子どもとの論理的な会話ができていないと子どもは論理的思考ができませんし、感情的に怒られていると感情的に怒る人になりますし、母親を怒らせてしまったことの罪悪感に苛まれますし、叩かれて罵られて育てば、自分は居てはならない存在だと希死念慮をいだき無価値観で生きることになります。
あなたは、どんな育てられ方をしましたか?
子どもは親を絶対的に信じています。だから、どんなに悲しみや怒りを感じても、「大好きなお母さんに対して悲しいって言っちゃいけない、怒りをぶつけてはかわいそうだ、そんなことを思ってはいけない」と感情に蓋をしてしまっています。
その結果、大人になってからも、内面的な怒りや悲しみを処理することが難しくなり、無意識のうちに我が子や、パートナー、他人や自分にさえも怒りを向けてしまうことがあります。
感情に蓋をしてしまったら、その感情はもう2度と感じることがないなんてことは絶対にありません!
人の仕組み上感じなかった感情はエネルギーに変換され身体のどこかに残っています。
たとえば、攻撃的な態度をとる他の親を見かけると、過去の感情が蘇り、脳内で怒りが止まらなくなります。"脳内で喧嘩を繰り返してしまう"のです。
私たちは、過去の感情を現在の状況に無意識に結びつけてしまい、疲労感やストレスを増幅させています。
過去の出来事を思い出してるのはいつだって「今」ですから。実は、今起きてることなんですよね。
今、
過去を思い出して、嫌な気持ちになって、学校に行けない我が子への心配や不安も重ねて、不快感を増幅させている場合もあります。
または、
学校に行けない我が子への心配や不安に、過去の嫌な体験を重ねて、不快感を増幅させている場合もあります。
どちらにしても、不快感を作ったのは自分です。
我が子が学校に行ってれば、不快にはならなかった…と考えるかもしれません。私もそうでしたから。
ですが、我が子が学校に行ったら行ったで、他の何かを想像して、心配をするのです。不快感を作ってますよね?
そうなると、
①過去と、
②我が子の学校行く行かないと、
③今目の前に何も起きていない平穏な暮らしと、繋がってはいないことがわかると思います。
繋げて一緒くたにして、不快感を作っている、と認識できますか?
エネルギーとして残っている感情を解放していくことが求められていると感じています。
不登校と過去の感情を切り離すことの重要性
子どもの不登校は、親にとって大きなストレスのひとつではありますが、そこにさらに親であるあなたの過去の未処理の感情が絡むことで、問題がより複雑に感じられてしまいます。
ここで大切なのは、子どもの不登校という問題と、自分の中にある過去の感情を別個に考えることです。
まずは、自分自身の感情パターンに気づくぞ、と決定し、頭の中で起きている喧嘩や反芻を冷静に見つめることから始めませんか?
親自身が過去の感情と現在の子どもの状況を切り離すことができれば、子どもに対してもより冷静に接することができるようになります。
あなたの過去の未処理の感情が
子どもの学校行く行かない現象を利用して
未処理の感情を改めて感じている、、
とも考えられるのです。
いや私はそうでした。
何故なら、今目の前の現象は自分の頭の中の反芻や喧嘩を思い起こして不快感を常に持っていることが原因だったとわかったからです。
全員に当てはまることはありませんが,その傾向があるよねということです。
自分自身に目を向けることの大切さ
母親の疲労感やストレスは、必ずしも子どもの不登校だけが原因ではないことを自覚することが大切です。脳内で繰り返される過去の出来事や感情の処理が不十分であることも、あなたの疲れに大きく影響しているのです。
このことに気づくだけでも、大きな一歩となります。そうは思いませんか? 過去の感情が今の問題に影響を与えていないかどうか、自分を観察し、意識的に過去と現在を分けて考えることが重要と考えます。
さいごに
不登校の子どもを持つ親として、私たちが抱える感情の複雑さは計り知れません。
学校に行かなくなった、、、ことを「悪と捉えるのは、将来が全く予想つかないことによる不安感、恐怖」が元になっていることは分かります。
ですが、学校に行ってたって、将来の予想はついてるようでついていない事を知ってください。行ったら行ったで何かしら心配しませんか?
成績や生活態度、友人関係、活動などの評価基準があり、そんなものに振り回されて志望校や、就職先に合わせて自分を作り上げていくなんて、多少の無理や妥協が当たり前という親や大人達の価値観の押し付けほど迷惑で、無責任なことはありません。
親や大人には、これまでの経験があるから、傾向と対策ができることでその想像の範囲内で語ることが、正しさ、優しさと思う人もいるでしょう。しかし、変化のスピードがマッハの時代において、今までのやり方が正しいとか、優しさとか言ってられないと感じています。
誰かの傾向と対策は参考意見だと補足しつつ、自分でよく考えて、と手放したほうが、彼らの能力や魅力を引き出せるのだと思います。
もしも世間の風潮に合わせることをして、そんな窮屈な人生を送る我が子を見るのは、もっと苦痛ではないですか?
子どもの不登校に向き合う前に、というか並行して、まずは自分自身の内側を見つめ、過去の感情を癒すことが、親としての心の余裕を取り戻す一歩になります。
過去の感情が湧いてきたら思考で蓋をするのではなく、感じるまま感じてみるのです。感じるだけです。当たり散らかすではなく、いまここで感じる、感じ切るのです。
思考を分解してみてください。それらはすべて過去のことですよね?過去のことを今抱えてる心配事とMIXして新たに生成してますよね?
①過去=冷蔵庫のあまり物
②今抱えてる心配事=買ってきた新しい食材
①と②でなにができるかな?と創作中、みたいなことを頭の中でやってるのです。
現代人は思考をフルに使っています。ですから思考したことが正しいもの、と思っています。しかしそれは思考に乗っ取られているという事でもあります。それが当たり前と思ってますが、違いますよ。
今一度、頭の中で繰り返している感情や思考に目を向け、子どもとの関係をより健全に築いていきたい思いを述べさせていただきました。
では、また書きますね。
私の記事の目的
私の記事の目的は、不登校を抱える親たちが、自己愛を育むことで、自己理解と自己受容を深め他者をも尊重することができる自分の軸を確立すること。自分の軸ができると周りや評価に振り回されることがなくなり、子どものありのままを受容れることができます。周りの価値観に左右されず、正しさを求めるのではなく楽しさや自分らしさを軸にした子育てで、本来の自分の価値観で生きる幸せをサポートすることです。子どもが学校に行くことも大事ですが、一番は子どもも親も自分らしく生きること、そして自己実現を果たしていけることと幸福度を上げることです。家族仲良く平和に穏やかに暮らせるのは"互いに尊重"しかありません。
支援資料1
支援資料2




