🟩今日は何を持って帰りたいですか?🟩 本ブログを読むにしても、何かのセミナーに参加する時も、YouTubeを見る時、TikTok見る時、X見る時、読書する時、人に会う時、どんな時でも、『今日は◯◯を得たいなあ』という意図をすることで、本当にそれが実現可能となります。是非『何持って帰る?』と問いかけてから見てくださいね。

 

こんにちはニコニコ






親が子どもの才能を見つける難しさとその本質



多くの親が子どもの才能を見つけることに苦労するかもしれない理由の一つに、「才能」という言葉の捉え方があると思います。




世間一般で言う「才能」とは、何かに秀でている、あるいは突出した能力を持っていることを指すことが多いですが、私はそれを「個性」や「センス」として捉えています。





つまり、全ての人が持っている何かしらの特質や得意分野こそがその人の才能なのです。全ての人間は、得意なことや苦手なことを持っています。





あなたにも得意なことと苦手なことがありますよね?好きなものと嫌いな物があるように。それは、生まれ持った資質として自然に備わっているものもあれば、後天的に備わった物もあるのです。




先天的にせよ後天的にせよ、継続することで才能になることは明らかです。





しかし、現代の日本の教育システムは、残念ながらその個性や得意を伸ばすことにはあまり重点を置いていません。むしろ、全体の協調性を重視し、苦手な部分を克服することに焦点が当てられているように感じます。





このような教育環境では、子どもの本来の個性や才能が隠れてしまい、親にとってもその才能を見つけることが難しくなります。







才能を開花させるための視点の転換


このような背景の中で、親として重要なのは、子どもの「やりたいこと」を応援する姿勢を持つことです。しかし、子ども自身が何をやりたいのかわからない場合も多いでしょう。





だからこそ、焦らず、ゆっくりと見つけていくスタンスが大切です。無理に何かに当てはめようとするのではなく、自然と興味や関心が出てくるまで待つことも必要です。





また、枠にはめようとすると、子どもの個性や考え方が固定化されがちで、広がりのある未来の可能性を閉じてしまう危険性もあります。親は自分の経験則から物事を断定的に捉える傾向がありますから注意が必要です。





社会的な通念や周囲の期待に縛られず、未来を自由に切り開く力を引き出すためには、親が率先して「違い」を尊重し、その違いを通じて学び、成長する姿勢を見せることが大事です。











対話の大切さと才能を見つけるプロセス



ここで、私自身の考えを付け加えると、「才能を見つけるプロセス」には、親子間のオープンな対話が不可欠だと思います。




子どもが何に興味を持ち、どんなことに喜びや好奇心を感じているのかを日常的に観察し、聞いてみる場を作ることも必要かもしれません。大切なことは、干渉にならないことですが。




そのためには、ただ「何がやりたいの?」と直接的に聞くのではなく、日常の中での何気ない会話や、子どもの行動や表情からヒントを得ることが効果的です。





子どもが自分の興味を発見するには時間がかかるかもしれません。だからこそ、急かさず、親が先回りして答えを見つけるのではなく、一緒に探していく姿勢が求められます。






子どもにとって最も大切なのは、親が、自分を信じてくれて応援してくれていると感じることです。たくさん親子で会話を重ねたから分かり合えている、だから応援されているとわかる、ということにこだわるのではなく、会話の量は問題ではありません。





自分は無条件で守られている、この感覚が、子どもの自己肯定感や自信を育てる土台となり、その先に自然と才能が開花していくのだと経験上思います。





結局、親の役割は子どもの才能を「見つける」ことではなく、子どもが自分でそれを「見つけ出せるように」サポートすることにあります。





ゆっくりと、焦らず、子どもが自分らしい人生を歩んでいけるように、温かい視点で見守ることが、親にとっても大きな成長のチャンスなのではないでしょうか。





私の家には、私の好きな洋楽のCDが山積みになっていまして、それを当時、息子は好んで聴いていました。その中のヒップホップが彼の人生に力を与えてくれたのです。




聴覚優位で、全ての音を拾ってしまう繊細さゆえの苦しさは時に苛立ちも伴いますが、救いを与えてくれたのがクラシック、ジャズ、すべての音楽でした。




ヒップホップの歌詞は日本では考えられない内容ですが、興味があるので自力で辞書で和訳し、悲しい思いをしたり、勇気をもらったりと情動的に感化されていきました。




そうしているうちに英語は人並み以上に会話することができ、英検も合格しました。学校での授業は受けていませんが、興味があれば環境など関係なく、集中力を使いこなせ作曲家になったのです。





うちには当時楽器もパソコンなどありませんでしたが、スマホでなんでもできるので、成人してから働いて、お金を貯金して、一個ずつ楽器や必要な機器を集めて、今に至るのです。




母子家庭で、ひとり親家庭給付金をもらいながら生活をしていましたので、環境は恵まれたものではなかった、けれども自分のできることを考えて、できることを積み重ねて行った結果、夢の実現が着々と進んでいるのです。




お金がもっとある家だったら、買ってあげれた、と悲観的に思うこともありましたが、ないならないで、実はお金では買えない別の豊かさを得ています。本人が自力でネイティブの英語をマスターした達成感や、自力で機器を集めてきた達成感も、確信と自信をも得られたとおもっています。




子どもの発した何気ない希望や夢は絶対に否定してはなりません。親や大人の狭い考えでその子の目を一瞬にしてつぶしてしまうことのないようにしていくことです。




この世界のすべては、コインの表と裏で成り立っています。一方は良くて一歩は悪くて、常にくるくる移動しているのです。これは悪くてダメ、一生だめ…とは一概に決めつけることができないことを、覚えておいて欲しいと思います。




優しい世界を作って行きたいと思います。






私の記事の目的

私の記事の目的は、不登校を抱える親たちが、自己愛を育むことで、自己理解と自己受容を深め他者をも尊重することができる自分の軸を確立すること。自分の軸ができると周りや評価に振り回されることがなくなり、子どものありのままを受容れることができます。周りの価値観に左右されず、正しさを求めるのではなく楽しさや自分らしさを軸にした子育てで、本来の自分の価値観で生きる幸せをサポートすることです。子どもが学校に行くことも大事ですが、一番は子どもも親も自分らしく生きること、そして自己実現を果たしていけることと幸福度を上げることです。家族仲良く平和に穏やかに暮らせるのは"互いに尊重"しかありません。