🟩今日は何を持って帰りたいですか?🟩 本ブログを読むにしても、何かのセミナーに参加する時も、YouTubeを見る時、TikTok見る時、X見る時、読書する時、人に会う時、どんな時でも、『今日は◯◯を得たいなあ』という意図をすることで、本当にそれが実現可能となります。是非『何持って帰る?』と問いかけてから見てくださいね。

 

こんにちは爆笑





やりたくないこと、一個はやめてみましたか?

やりたくないことをどどーんとリストアップして、まじでほんとにこれやりたくない〜ってのを一個やらない!と決めて、やらないにしましたか?





やりたくないことを、やらなきゃいけないから…しょうがないじゃん、、、という気持ちで、イヤイヤ、イライラしながらやってるその時間=命は凄まじく削げていきます。それでもいいですか?






やりたくないことを、やらなきゃいけない💦と決めているのは、明らかに自分なのです。自分がやらなきゃいけない、、、そうしないと家庭が回らない、と決めつけた思考からでは、『やりたくないことをやらないで済む方法が他に何があるか?』とは考えられないものなのです。





ですので

1週間目


やりたくないことをリストアップする。







2週間目


やりたくないことをリストから吟味する。笑

どれが一番はじめに、やらないができるかなあ、と見極めるのです!




見極めるのは楽しいのですよ✨







3週間目


一個決めたやりたくないことを、『や〜らない!宣言』をまずは自分自身にします。




だって今までやらなきゃいけないと思い込んできたので、やらないことを決めるのは、非常に勇気がいります。ドキドキもんです。




しかし、決断するのはいいけど、代替案が見つからないので、決断もままなりませんよね…。




でも、どうしても、これはやりたくない!んですよね?じゃあどうやったら他の方法にできるか?を考えます。




やりたくないんだよなあ、他に何があるの〜?と考えながら、過ごします。





この時点ではまだ、やりたくないことをやらない、やめようと思っていることを家族には言いません。まだ、胸のうちに秘めておきます。そうしないともしも吐露しちゃった時には、家族の意見が方々から飛び交って、やりたくないことを実行できなくなるという、撃沈になるからです。





4週間目✨

やりたくないことをどうやったらやらないで済むか?を考えてたら、突然ひらめきます!決断の時です。




ひらめいたり、どこかから耳に挟んだり、動画で見たり、街中で見かけたりして、そのことが頭の中に残り、ちらちらと気になるんです。




そしてその手があったか!と見つかり、決断が固まるのです。





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やりたくないからやらないことを、自分に宣言しといたので、、やらない方法が見つかりました。代替策があることで自分自身は安心します。やらない!と決意ができます。


しかしそこで、思考が囁いてきます。

『もし反対されたらどうしよう?』とね?

でも、そうなった時はそうなったで、また仕切り直しで考えればいい!と決意をします。


この時点でフォーカスしてるのは、やらない!を実行することにむかってますよね。






そして、家族に、

『お母さんはこれやらない、代わりにこういうことにしたから!』と決断したことを「報告」します。




もう一回言いますね。

決断が固まったら、家族に

これさ、

お母さんやらないことにした

代わりにこうした、

と言います。





きっと、反応が気になるので、言うのもドキドキするかもしれませんね。でも、この3週間やりたくないことをやらないについて、考えきた、






ということは、準備をしてきた、ということですから、大体気持ちが固まってて、ほぼ言えるようになっているのです。






自分が決意したエネルギーに対して、自分の反映して周りが協力的になるのです。







それはなぜか?

自分の本音に従って、動いたから、周りもその決意のエネルギーに反応して動いた、ということなのです。






なんでもそうです。

決めたら、

決めた!のエネルギーで、周りは反応していくのです。世の中はそういう仕組みなのです。





たった一回で変わる!とか怪しいキャッチコピーがさまざまシーンで見かけますが、大抵継続してての1回なんです。それはキャッチコピーなので。





人を惹きつけるための文言なのです。乗っかってもいいんですよ。でも、たった一回で変わる!からたったこれだけで!というのは、キャッチコピーだってことを、肝に銘じておけば、期待はずれだ!とムカついたりイラついたりすることはなくなります。





というわけで、

やりたくないことをまず一個やらない!と決断して、家族に報告して、やらないを実行する。



やらないをするとその分時間=命に余裕ができます。今までその時間はイライラ、ムカムカしてましたが、



これからはその時間は、自分のために使えるのです。それがわずか10分だとしても!



イライラ、ムカムカの10分と

平穏な10分では?

どちらが自分自身の耐力や体調や

お肌に影響すると思います?




家族が協力的で、仲良くなっていくことがわかっているなら、やらなきゃいけない!と追われる日々よりも、やらない!を選んだ方が、ずっと効率的で生産的で、発展的で創造的ではありませんか?




たった一個のやりたくないことを決断して実行するために4週間かけるのは、人の思考や行動はすぐには変われないからです。スモールステップとかベイビーステップと言いますよね。




大人は、柔軟性がないので変えようとするのが難しい、ですから子どもに変わってもらいたいと思い、押し付けようと無意識的に動くんです。そんなの、身勝手ですよね。




でも無意識的なので自覚がありませんから、ついうっかりやってしまったとか、ついうっかり口から出てしまった、、、なんてことが起きるわけです。





無意識的なので、身勝手とさえも気づきませんし、気づかないことを言ってくれる大人が周りにいます?いません。だから、大人は変われないのです。





臨床心理士、スクールカウンセラー、ドクター、教師達、あなたの親、友人、周りの人があなたのために、どんなことを言ってくれましたか?





あなたの話をうんうん、わかる、って聞いてもらったところであなたは、ほんとに満足しましたか?内心は共感してもらえて、勇気をもらったと思いながらも、でもなあ、、、っておもってません?笑





そのぐるぐる🌀思考を止める一つに

やりたくないことリストからやりたくないことを一個ずつ決断して、リストから一個ずつ消去していき、やめていく。




ぜーんぶやめれたらどんなに命が、蘇るかわかります?我慢のない自分が数年後にいるのです!

そして、見極め力がつくことで、俯瞰力が養われます。俯瞰力は、多角的観点をもたらすので、既成概念や固定観念を超えます。その経験が子どもに継承していけるということなのです!




ですから、子どもの才能が開花していく!ということなのです。





人生は、なんであれ

継続をすることでしか変わっていかないのです






だって、いままでたっくさんのことを継続してきましたよね?赤ちゃん、お箸持つ、トイレ行く、たべる、幼稚園で習う、クラスメイトとの関わり、試験勉強、進学のスキル、職場での振る舞い、業務遂行、出産準備、ミルクの作り方、子どものしつけ、お料理、メールスキル、スマホのカメラ機能、結婚した相手の親戚との関わり、パートナーとの関わり、、、たっくさん継続して蓄積してます。




我慢、忍耐、おべっか、迎合、譲る、

どれもこれも一日ではなし得なかったのです。





我慢、忍耐、おべっか、迎合、譲る、


これからは↑これをひっくり返すのです。


そのためのやりたくないことリストです。


我慢、忍耐、おべっか、迎合、譲る、は病の元です。






良い人、良い母親を無意識の内に目指している日本のお母さんたちは、便利になった時代だからこそ、見直してみて欲しいと思います。










清廉潔白な人間はいません。

私がはじめにやりたくないことをやめたことは、朝食を作ることでした。不登校になって、 学校給食がない。仕事開始か13時なので余裕あるとはいえ、一気に3食作るのはできない…と。

そこで、息子に相談をもちかけました。

3食食べたい?

→今は食欲がないから1食でもいいと。

→ひとます2食作っておくね。


というスタイルが続きました。




いっぺんに覚えることができないのと同じように、いっぺんにやめることも、生活の質を落としてしまいかえって疲れるので、一個ずつです。少しずつです。まずは10分単位です。







今日も読んでいただきありがとうございます😊





私の記事の目的

私の記事の目的は、不登校を抱える親たちが、自己愛を育むことで、自己理解と自己受容を深め他者をも尊重することができる自分の軸を確立すること。自分の軸ができると周りや評価に振り回されることがなくなり、子どものありのままを受容れることができます。周りの価値観に左右されず、正しさを求めるのではなく楽しさや自分らしさを軸にした子育てで、本来の自分の価値観で生きる幸せをサポートすることです。子どもが学校に行くことも大事ですが、一番は子どもも親も自分らしく生きること、そして自己実現を果たしていけることと幸福度を上げることです。家族仲良く平和に穏やかに暮らせるのは"互いに尊重"しかありません。