朝日新聞アピタルニユースの6月4日記事より抜粋

 札幌市の恵子さん(52)は大動脈解離の治療で計5回の手術を受け、心臓から腰近くまでの大動脈はほぼ人工血管に置き換わった。残った胸部大動脈のこぶも昨年、手術が必要な55ミリに達した。


 今の主治医、札幌医科大病院第2外科の川原田修義(かわはらだのぶよし)准教授(52)は「そろそろ、やりましょう」と切り出した。これまでの手術で、恵子さんの体内には本来離れている組織同士がくっつく癒着がある。はがすときに大出血の危険があり、できれば手術は避けたかった。川原田さんは「ステントグラフト」という人工血管を使う血管内治療を恵子さんに説明していた。


 人工血管を収納した管(カテーテル)を足の付け根の動脈から入れ、裂け目のある大動脈で広げて内部から補強する。ただ、血管の壁が弱い可能性がある恵子さんの場合は、うまく固定できない恐れがあった。


 恵子さんも体の負担の少ないステントグラフトを希望した。


 川原田さんは、高度救命救急センターでステントグラフトを担当している栗本義彦(くりもとよしひこ)准教授(48)と検討。こぶがある大動脈の上下はすでに人工血管になっている。「そこと両端をつなげばいい」と結論づけた。


 そして今年1月、治療は無事に成功した。


 突然の背中の激痛から19年。「あしたの朝、目が覚めるかな」と不安になる夜も多く、「手術が終わる日が本当にくるとは、想像がつかなかった」


 長男は大学生になって家を離れた。今春、予備校生になった次男は、自分の誕生のときの話を最近知った。


 「母に感謝ですね」。照れくさそうな息子の言葉を、恵子さんと夫は、黙って聞いていた。


 恵子さんは、血液を国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)に送り、遺伝子検査の結果を待っている。血管壁が弱くなる病気かどうかを、はっきりさせるためだ。


 「たとえ息子に遺伝する可能性があるとしても、事実を知れば、高血圧にならないよう若いうちから予防もできる」


 「自分のために何か始めたい」とこの春、放送大学で人類学と日本の近現代史を学び始めた。それぞれが新しい一歩を踏み出した。