「副作用報告を厚生労働省と製薬会社に出しましたので、お知らせします」
2011年春、兵庫県の主婦(66)は、病院からの電話でそう告げられた。前年秋、がん手術後の薬物治療中だった夫が突然、自ら命を絶った。思い当たる動機はなく、「薬の副作用では」と病院に指摘した1週間ほど後のことだった。
夫は10年夏ごろ、腎臓がんの手術を受けた。再発防止のため薬物治療をすることになり、インターフェロンを自宅で注射するようになった。すると、「全然眠れない。頭がおかしくなったような気もする」と訴え始めた。担当医に伝えたところ、睡眠薬を処方されたが、効き目はなかった。
その後も不眠がつらいので、予約日を早めて受診し、別の睡眠薬も試した。それから2日目の朝、「しんどい」と布団から出てこなかった。昼過ぎ、首に電気コードを巻いた姿で見つかり、受診先の病院に運ばれたが、亡くなった。
明るくて、働き者。2人の娘は結婚して近くに住み、5人の孫が次々に遊びに来る。仕事を引退し、「夫婦で旅行しよう」と楽しみにしていた。直前にはメガネを新調したり、体力づくりにと健康グッズを買ったり、自殺するにしては不自然なことばかりだった。
亡くなって半月後、インターフェロン注射薬の箱に入っていた添付文書(説明書)を見てはっとした。「警告」と書かれ赤枠で囲まれた冒頭の欄に「投与により自殺企図があらわれることがある」とある。「重大な副作用」の欄には、「不眠などがあらわれた場合には投与を中止するなど、適切な処置を行うこと」と書かれていた。
担当医から自殺企図の副作用について特に注意はなかった。「先生がよくみていてくださるから、大丈夫と思っていたのに。こんなことになるなんて」。やり場のない悲しみに暮れながら、数か月悩んだ末、病院に手紙を書いた。
「これはやはり副作用ではないかと思っております。国に報告はしていただいているのでしょうか」
副作用とみられる例が出た場合、製薬会社や医療機関が厚労省などに報告する制度がある。集まった情報を分析し、注意喚起するためだが、10年度の企業による報告は約3万4000件あったのに対し、医療関係者からは約3600件で、1割程度にとどまる。
主婦は「報告が出れば、より多くの人に副作用を知ってもらえる。せめて同じ犠牲者が出ないように、夫のデータを生かしてほしい」と話す。それが、遺族としての切実な願いだ。