朝日新聞アピタルニユースの掲載記事(4月28日・29日)より抜粋

 【3 まず腹部の血管補強】

 胸部や腹部に5カ所の動脈瘤(りゅう)を抱えていた愛知県岡崎市の太田登さん(80)は2010年9月、名古屋市立東部医療センターに治療の相談に行く予定だった。しかし、その前日夜、急に胸が痛くなり、岡崎市民病院に救急車で運ばれた。車中で太田さんは、恐れていた動脈瘤破裂を覚悟していた。

 ところが、病院に着くころには痛みも治まった。CT検査などの結果、動脈瘤は5カ所とも破裂の兆候はなく、痛みは総胆管結石によるものだった。

 胆石の症状が治まった10月、名古屋市立東部医療センター心臓血管外科部長の須田久雄さん(52)を受診した。検査資料を確認した須田さんは「胸腹部の動脈瘤を手術で治療するのは、危険性が高い。腹部のほうも大きくなってきているので、まずはこちらを治療した方がよい」と話した。


 腹部の動脈瘤が大きくなっていると聞いて、太田さんは「もう一つ爆弾が増えたのか」とショックだった。だが、須田さんは手術をせずステントグラフトという人工血管を足の付け根の血管から挿入する血管内治療ができるかもしれない、とも説明したので希望が持てた。

 同センターでは当時、この治療を行っていなかった。経験が豊富な名古屋大病院(名古屋市)血管外科教授の古森公浩(こもり・きみひろ)さん(55)を紹介された。

 翌月、古森さんに診察してもらうと、胸腹部の大動脈瘤は今使えるステントグラフトでは対応が難しい、といわれた。ただ、腹部の動脈瘤はこれで血管を補強すれば治療できるといわれ、翌年2月に治療を受けた。


 全身麻酔により2時間で治療が終わり、3日で退院した。退院後は、事前に言われていた血行障害による腰や足の痛みなどの後遺症が出て、長く歩けなくなってしまった。だが3カ月ほどすると、症状も和らいだ。

 名古屋大には月1回、経過観察のため通院を続けたが、胸腹部の大動脈瘤の治療はあきらめていた。ところが昨年9月末、古森さんが「今まで難しかった動脈瘤にもうまくはめられるグラフトができましたよ」と言った。あれだけ難しいといわれていたのに「そんなものができたのか」と、半信半疑だった。

 【4 合併症覚悟で胸も治療】

 腹部の動脈瘤(りゅう)の破裂を防ぐため、人工血管のステントグラフトを血管内に入れる治療を昨年2月に名古屋大病院で受けた太田登さん(80)だったが、胸腹部の動脈瘤の治療は受けることができない状態だった。

 胸腹部にある動脈瘤は、内臓に血液を送る大事な血管の近くにあり、通常のグラフトを使う治療では、大事な血管部分を覆わないように正確に置くのが難しかったからだ。

 置く位置が悪いと、命にかかわる危険があった。

 だがこの年の5月、ずれにくく、止められるように改良された新しいグラフトに公的医療保険が使えるようになり、9月には主治医の古森公浩さんから、「治療できるグラフトができました」と言われた。


 大事な動脈の分岐点の手前でもうまく固定でき、破裂を防ぐことができるグラフト、とのことだった。

 ただ、下半身まひになるリスクが1~2%あることや、治療に伴ってできた血の塊(かたまり)(血栓)が血流に乗って脳に運ばれ、脳の血管を詰まらせる脳梗塞(こうそく)が起きる可能性の説明も受けた。

 太田さんのように、腹部の動脈瘤にもグラフトの治療をしていると、こうした合併症が起きる危険も上がるという。名古屋大ではこれまでに2例、こうしたまひが起きたが、リハビリで回復できたことなども聞いた。

 太田さんは聞いているうちにだんだん、怖くなってきた。「1週間後に返事をする」と伝え、自宅に帰った。


 当初は「無理」とされた治療が受けられるのは、うれしかった。一方、合併症のリスクの話を聞くと怖さが募る。自分では判断がつかなかった。

 妻の和子さん(78)から「せっかくだから、受けてみたら」と後押しされ、踏ん切りがついた。

 翌週、古森さんに治療を受けることを伝えた。11月7日に入院し、10日に治療を受けた。

 全身麻酔で足のつけ根の血管から、グラフトが挿入された。麻酔から覚めると、古森さんから「グラフトはうまく入りましたから大丈夫ですよ」といわれた。「足もちゃんと動く」と安心した。

 しかし2日後、心配していた足のまひが起きた。