隣の席の方のタイピング音に悩まされています。基本的に全てのタイプ音が

とても大きいのですが、Enterキーの音が特にうるさくて困っています。

 

オフィスの部屋がそれほど大きくなく、私を含めて5名いますが、

他の方々がどう思っているかは、窺い知ることはできません。

 

チーム内の雰囲気は全くもって悪くないのですが、そのタイプ音の大きい方は、

うっかりさんで(私の直属の上司にあたるのですが)たまにその方の

うっかりでチームが振り回されるのですが、チームの皆はとても良い方で、

共に対応にあたってくれます。

 

私にはかなりストレスになっており、隣でタン!タン!そしてEnterをダン!と

されるとなかなか辛いものがあり、その方は本当に良い方で(良い方過ぎて

周りの空気が読めません)嫌になりたくないのですが、少しずつ

その方の存在がしんどい感じになり始めています。

(過去にもその空気の読まなさにストレスになっていた方もいたそうです)

 

5名のうち1名がその方の上司にあたるので、相談することができるのかも

しれませんが、私はその方を慕っており、嫌な思いをさせたくないのです。

また、私はHSPなので、HSPが要因で私だけが感じている(であろう)ことで、

チーム内の雰囲気を壊したくないというのもあります。

 

さらに、かなり昔(10年以上前)に、私も同じことをやってしまっていました。

器量の狭い話ですが、当時の私はかなり仕事で追い詰められており、周りに対して

「仕事をしているアピール」を目的にやっていました。今は当時の同僚に対して

申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

彼は私と違い、完全に天然でやっていると思います。周りに見えるような対応は

できない状況なので、どうすればいいか困っている毎日です。

いつの間にか、がっつりネガティブな自分になってしまっていた。

(挙句の果てに、HSP (Highly Sensitive Person) になっていた)

 

若い頃は自分がポジティブかネガティブかなんて全く考えていなかった。

(考える頭脳が無かったというのが正しいか)

 

社会人になり仕事をするようになって、仕事では常に最悪の状況を想定して

準備をする癖がつき、常に自分の身の周りの出来事が無事に進んでいるか

注意を払うようになり、それはそれで良いこともあったのだが、

プライベートにまでその習慣が及ぶようになってしまった。

 

そうやって、ネガティブ+HSPな大人が1人出来上がった。

仕事とプライベートで完全に分けられたら良いのだが、そうもいかなかった。

 

なぜこんなことを書いているかというと、この歳で今更感が満載だが、

常に周囲に注意を払い、ネガティブに生きることに疲れてしまった。

(生きること自体には疲れていない)

 

疲れただけで終わりたくないので、50代に差し掛かった今だが、完全な

ポジティブにはなれないが、半分ポジティブ位になろうと微かな決意をした。

 

とはいえ、どうすればいいのか現時点では全く分かっていない。

ストレスを抱えている訳ではなく、ただ考え方がネガティブになっているので、

外的要因で変わるかといえばそうではない。

 

となると「感情と上手く付き合う」ことかと、これも今更だが思い始めている。

簡単にはいかないが、負の感情になっている自分を、意識として高い所から

第三者的に見てみると、そういう風に考えない方がいいよと言ってくれる

新たな自分が(いい意味で)50代にして、できそうな気がする。

 

「鈍感力」ではなく「メタ認知力」みたいなものだろうか。

試行錯誤は続きそうだ。でもこれもポジティブに考えよう。

「運」というものはない、存在しないと考えている。

運が良かった、運が悪かったという考え方は、運を良くするために

できることがあるという意味合いだが、それも存在しないという考え方だ。

 

この世に起こる全てのこと、自分に関わることは全て「たまたま」だと思っている。

要は「運」というものに、自分の感情を振り回されたくないということだ。

「たまたま」だと思えば、運が良い・悪いで思いを巡らす必要もない。

 

天気が最たるもので、晴れるのも雨が降るのも「運」ではなく「たまたま」だ。

晴れてほしいがためにできることは何もない。ただ祈ることは否定しない。

祈ることは心身に良い効果をもたらすからだ。祈ることは運を良くするための

行為ではなく、幸せを願う心の安寧のためで、期待をするものではない。

 

キャンプに行く日に雨が降ってしまって運が悪いとかではなく、

たまたま雨が降る日にキャンプに行くことになっただけのことである。

 

「成功する」「失敗する」も極論で言うと「たまたま」となる。

ただ、成功するための「可能性」を上げることはできる。

 

この世の全ては「たまたま」で、つまり、100%などないということだが、

このパーセンテージ、成功率を少しでも上げるための努力は、全力でやるべきだ。

 

全ての出来事に対して、自分が何かできることがあるのか、ないのか、

それを見極める力を持つことは、人生のパフォーマンスにおいて重要な要素だ。

自分ができること、やるべきことは全てやってから、結果に向き合いたい。

 

それは決して「運」を良くしたいという闇雲なものではなく、どんな結果になっても

後悔したくないという強い思いで、結果的に成功率を高める行為にもなっていて、

そして迎える結果は全て「たまたま」なのである。