2024年6月9日にバンクーバーで開催されたイタリアン・デイを見に行きました。

 

イタリアン・デイは毎年バンクーバーの歴史的な「リトル イタリー」の本拠地のコマーシャル・ドライブ"で開催されています。

 

実は第2世界大戦の後、大量のイタリア移民がバンクーバーに移住して、その多くがコマーシャル ドライブ地区で暮らしていました。

そこに住んでいるイタリア系カナダ人が地区の支配的な影響力を持っています。

それで2016年4月にバンクーバー市議会議員は満場一致でこの地域を「リトル イタリー」と宣言しました。

その後の6月にコマーシャル ドライブの8ブロックをリトル イタリーとして公式に認定しました。

 

1960年代からそこでイタリアン人のストリート セレブレーションやパレードが時々ありました。

2010年から毎年「イタリアンデー」として開催されます。

20万以上の人が来て、バンクーバー最大の1日文化フェスティバルになります。

 

6月9日に私は娘と一緒に電車でコマーシャル駅で降り、すぐにコマーシャル ドライブの会場に着きました。

そこから大体1.5キロの間に歩行者以外の乗り物が入れませんでした。

そこには屋台が長く並んでいていました。

 

私はまず道端で歌を上手く歌っている男性が気になり、イタリア人だと思いました。

 

 

 

 

リトル イタリーにある日本料理の寿司屋の看板もイタリアっぽいに見えました。

 

 

 

街歩きの間に時々イタリア製のミニカーやレースカーやアンティーク車を見ました。

 

 

 

 

 

そしてベスパのオートバイも街のあちこちで見られました。

ベスパはイタリアのオートバイ・メーカー、ピアッジオが製造販売するスクーターです。

 

私は次の写真を撮った時、一人のイタリア人の男性は「あの灰色のベスパは1958年製の物だよ、今もまだ走っています」と自慢げに私に紹介してくれました。

その人はアンティークのベスパを何台も持っていると自慢して言いました。

 

ベスパ:

 

 

 

舞台で開催式がちょうど始まり、主催者は英語でそのリトル イタリーの街の歴史を話していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間ほどで会場の終点のヴェナブルズ ストリートに着きました。

お腹が空いたので、その近くにあるイタリア料理のレストランで海鮮パスタを食べました。

 

 

食後また道の反対側を歩き、コマーシャル駅へ向かいました。

街にいる人はさっきより多くいました。

 

 

街に大道芸人もあちこち見られました。

 

 

 

 

 

 

人が多くて焼き鳥の屋台の巨大な炭火焼きの台も珍しく見かけました。

 

 

 

ようやくコマーシャル駅に着き、また電車とバスで家に戻りました。

その日一日中ずっと一緒いた娘はその夜風邪を引いたみたいで、コロナウイルスの検査をしました。

結局陽性だと判明してしまったので、私はそれで不安になりました。