左の半側空間無視の患者さんが

左側を向くようにするにはどんなことをしたらよいか

という話がある人の症例検討会で話題になりました。

私は、左右のことは諦めてみてはどうかと言った。

発表者は「え?」と言った。



グラフを描くときにx軸とy軸ってあるでしょう。

あのxとyには名前がついていまして、

xが独立変数、yが従属変数という。

簡単にいうと、xは自分でコントロールできるもので、

yはコントロールができないもの、となります。

たとえば、入れると溶液の色が変わる試薬があるとして、

それを0.5ml、1.0ml、1.5mlと等間隔にいれていくことは

自分で決められます。

でも、それによって溶液の色がどのくらい変わるのかは

溶液の勝手で自分にはどうしようもない。

予想はできますけどね。

コントロールできるできないっていうのは

こういう話です。



さて、半側空間無視の患者さんに

どんな課題をやってもらうか。

これは自分で決められるので、xです。

これで左を向いてくれるかどうかはyなので、

自分ではどうしようもない。

どこまで見てくれたのかだけをじっと観察している。

なんとか左を向かせたいと頑張るのは、

このyの値を自分で動かしたいというようなものです。

それは無理だ。だから諦めたらと言いました。



じゃ、なにもやることがないのかと言いますと、

そんなことはない。

私たちにはx軸がある。

このx軸の値は決められます。

つまり、なにをするかということです。

そしてその結果をじっと見て

xとyに囲まれた平面上に点をつけていく。

すると、xの値によっては他よりもyでいい値が

出るところがあるはずです。

それがわかったならば、それを使って

次の課題を考えたらいい。

きっと他の課題よりは左を向いてくれる可能性がある。



できそうもないことをなんとかしようとしない。

できることをたくさんやってみる。

いま自分がやろうとしていることは

xなのかyなのか。

一度考えてみませんか。



昨日今日知り合った人と雑談をする。

抵抗なくできる人もいるでしょうが、

多くの人にとって

これはなかなか難しいはずです。

しかも相手が口数の極めて少ない人だったら?

ますます絶望的。

席を外せればいいのですが、

そういうわけにもいかない。

一定時間はそこにいなければならない。

そんなときどうするか。



患者さん相手だと

このようなことが毎日のように起こります。

実際、共通の話題もないのに

そんなに話し続けられるものではない。

しかも毎日会うわけですから

話題は尽きて当たり前。

多少話す感じは変えつつも

同じ話を毎日繰り返さざるをえない。



同じ話でも、話すことがあるうちはまだよいのです。

それさえも尽きてしまったら?

私は黙ります。

積極的に黙ります。



この場をもたせるために自分が何かしゃべらないと

と焦ってもがいた時期もありましたが、

そのときの私は勘違いをしていた。

自分一人で会話を作っていると思っていたのです。



会話は相手と作るものだ。

お互いが黙ってしまって

自分にしゃべることがないならば、

相手に助けてもらえばいい。

助けてくれるかどうかはわからないけれど、

自分が黙ることによって

相手がしゃべる可能性が生まれます。

質問を並べ立てて答えてもらった話よりも

沈黙の中から患者さんが自ら

話し出してくれたことのほうに重みがある。



積極的に黙るという選択肢も

ありだと思う。



症例検討会で発表者の役が回ってきたら

その準備にどれくらい時間をかけますか?

5時間でしょうか。

いやいや10時間はかかると言う方も

おられるかもしれません。



今日お話ししたいのは、

ものごとというのは

時間をかければかけるほど

大ごとになってしまう、

ということです。



症例検討会の発表の場合、

粗相があってはいけないという気持ちから

なるべく突っ込まれないように

できるかぎり丁寧にレジュメを作ることでしょう。

その際、あるだけ全部の時間を

レジュメ作成に投入する。

おかげでレジュメ作りが一大プロジェクトになってしまう。

これでは、発表する前にへろへろです。


たとえば10時間かかるレジュメ作りを

3時間でやったとします。

1/3の時間でやることですから、

10時間かけてやったものよりは

雑でしょう。

雑だけれど、それでも発表はできてしまう。

要は話の内容が伝わればいいわけです。

自分が思うほど他の人は細部を気にしていません。

レジュメ作りが大変なんじゃない。

自分自身がレジュメ作りを大変な仕事にしてしまっているのです。



仕事が大きくなりすぎないようにするには

どうすればいいか。

あらかじめ制限時間を決めておくことです。

普通ならこのくらいかかるかなという時間の

半分が目安かな。

そこまででできることだけに集中する。



考えどころは「何をするか」ではありません。

「何を捨てるか」です。



私はPTやOTのようなことを

頻繁にやります。

手や足を動かしたり、

ときに立たせて歩かせたりする合格



PTやOTのようなことをするために

どんなことを覚えておいたらいいですか

と訊かれたことがあります。

私のなかでは、答えはひとつしかない。

「ハンドリング」です。



極端な話ではなく、

これさえできれば

筋肉の知識なんてなくてもなんとかなります。

なくてもいいってことではないですよ。

あればあったに越したことはないのだけれど、

なくたってどうってことはない

と言っているのです。

これはつまり、

なくてもいいってことか・・・。



じゃ、ハンドリングはどうやって身につけるのか。

いろんな人がいろんなことを言うと思いますので、

ここに書くことはあくまで私だけの考えですよ。

それを承知でお読みください。



ハンドリングのコツは

「動かそうとしないこと」です。

たとえば足を動かしたいと思っても、

足は動かしてはいけない。

足はただ「もっているだけ」にする。

そして、足を動かすのではなく

足をもっている自分が動く。



何を言っているのか

わからないと思います。

わからなくて当然です。

伝わらないことを覚悟の上で

もう少し書いてみます。



いま相手と向かい合って立っているとします。

あなたは両手を相手の肩置いている。

ここで、相手を左右に揺らす場合に

やり方は二通りあります。

ひとつは、力ずくで相手を左右に揺さぶるという方法。

この場合、主に使うのは両腕です。

もうひとつは、まずあなたが揺れることによって

その揺れを相手に徐々に伝えていくというやり方。

この場合、主に使うのは足じゃないかな。



試してみればわかりますが、

前者のやり方で動かされるのは不快ですが、

後者のやり方は心地がよいのです。

ハンドリングの出発点としてはここだと思うし、

これがすべてだと言っても過言ではない。



以上、私独自のハンドリング論でございました。
言葉に障害があるのかどうか。

それを確かめる方法の中に

「語想起」がありますDASH!



たとえば

「動物」というテーマを設定しておいて、

思いついたものを言ってもらう。

失語症の検査なら

1分間に15単語言えたら満点です。



簡単そうに見えますが、

これが意外と難しい。

1分経っても2、3語しか出ないということも

珍しくありません。



一定時間でいくつの単語を言えたか。

これによって語想起の力を測ることができます。

同時に、この検査では

単語の「質」にも

注目するといいかもしれません。



たとえば、動物の名前で

開口一番「イヌワシ」

なんて言える人なら

きっと語想起はいいだろうなと

見当がつきます。

「イヌワシ」という単語は

めったに使われないからです。



反対に、動物の名前を言ってくださいね

と言ったのに、

「大きくても小さくてもいいの?」

と逆に聞かれたとします。

これはひょっとしたら、

「とりつくろい」かもしれません。

思いつかないのを、

質問でごまかしたということです。



本人に「とりつくろいましたか?」とは

聞けないので、

ことの真偽を明らかにするには

様子を観察するしかありません。



「質」の観察からわかることも

なかなかバカにはできません。