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『私たち
気づいて感謝
お陰さま』
私たちは、
多くの人たちに守られ助けられています。
多くの先輩たちが、
日本を、そして家族を守る為に、命を懸けた。
そのお陰さまで、私たちは生きている。
私たちの人生は、先輩方の人生でもあるんだなぁと。
・・・
私は、
職業柄、多くの人を見ていますが、
本物の成功者は、
全員、お陰さまに生かされていることに気づいています。
そして、
自分では気が付かない、
自分のことを「影でサポートしてくれている人や存在がいる」ということも意識しています。
ですから、生き方が違います。
自分の為に生きるという概念を越えて、
他人の為に生きるという領域に入っています。
この領域に入っている人の直観はスゴイです。
また、この領域の人の思いは実現しやすいです。
・・・
私の尊敬する人に、
黒木重三郎さんがいます。
ご紹介させて頂きます。
興味のある方はぜひぜひ。
↓
・・・
黒木重三郎さんは、特攻兵になった。
特攻兵たちは、20歳ほどの若さで死んでいった。
そんな中、黒木さんは、生き残った。
自分の20歳以降の人生は、「余分の人生」
その思い出いで医師となった。
出版もされています。
陸軍少年飛行兵となり、特攻兵を期待しつつ15歳で敗戦を迎えた少年は戦後をいかに生き、心を見つめてきたか。
【目次】(「BOOK」データベースより)
1 心の軌跡(「人生二十年」母への手紙/余分の人生を生きる/過去を見つめて/少年兵への憧れ/悠久の大義に生きる ほか)/2 モンゴル・哀愁の旅(虫の声/偶然の旅へ/心の癒し/老いた紳士のように/草原の草花 ほか)
【著者情報】(「BOOK」データベースより)
黒木重三郎(クロキジュウザブロウ)
1930年宮崎県東臼杵郡諸塚村にて出生。1944年大分陸軍少年飛行兵学校に入学(少飛18期生)、特攻魂で鍛えられ1945年15歳で終戦を迎える。1956年九州大学医学部卒業。一般外科を学び、1967年黒木外科病院開設。1996年故郷の諸塚村国民健康保険病院副院長に就任、僻地医療に情熱を傾けつつ現在に至る
感謝を捧げると共に、
与えられた命を無駄なく使わせて頂こう。