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『できごとは
良いも悪いも
メッセージ』
今、目の前で起きていることは、
すべて自分に対するメッセージです。
実は、
悪いことが起きる人ほど、
運が良い人です。
自分に悪いことや不都合なことが起きないと、
人は物事を深く考えない習性があります。
そら俗に言う幸せだと、
物事を深く考える必要がないです。
これは人生にとってはとても損なことです。
サーフィンに行ったのに、波が無いようなものです。
また、
スキーに行って斜面が無いようなものです。
人生は、
問題や不都合がない平坦なほど、
幸せに見えますが、
実はとても退屈で、不幸なことなのです。
ですから、
不運なことがいつも起きる人は、
運が悪い訳ではないのです。
とても運が良い人です。
そう♪
サーフィンに行くと、いつも波がある、運の良い人なのです。
このことに気づくと、
人生の問題を乗り越えることに、楽しさを感じてきます。
運が悪いと思いこみ、「なぜ自分だけこんなに悲惨なんだ」という思いに集中していると、波に揉まれしんどいだけです。
せっかく運が良く、問題ごとに立ち向えるチャンスがきているのですから、その問題に乗ればいいのです。
実は、
問題事とは、自分が求めている自分の意思なのです。
『問題事』 = 『自分の意』
サーフィンの波を求めるのと同じです。
スキーで斜面を求めるのと同じです。
人生の場合、それが意識できないだけです。
自分で意識できないだけで、知らない自分が人生を楽しみたくて問題事やや不都合なことを、求めているのです。
昔の人は、『自分の意に乗る』ことを常に意識して楽しんでいました。
ほんとサーフィンのようにです。
問題や不都合という波を乗りこなすことに生きがいを感じていたのです。
それがいつの間にか、問題や不都合を嫌がったり、避けるような風潮が蔓延してしまったのです。
自分に悪いことが起きないように神頼みする人まで現れました。
これでは本末転倒です。
でも、
この世での楽しみは、不都合や問題を乗り越えることなのです。
昔の人は、
自分の意に乗ることを、『意乗り』と言いました。
『意乗り』 = 『祈り』
本当の祈りとは、
神様に祈ることでは無かったのです。
自分の意に乗ることだったのです。
『自分の意』 = 『問題や不都合』 に乗ることが、人生の醍醐味だったのです。
そういう意味では、人生は祈り(意乗り)です。