気がつくと夢の中にいた。 当然夢だとは気づかない。


夢のなかのワタクシの目の前では 家内が甲斐甲斐しく息子の世話をしている。

夢のなかの私達夫婦は 特にお互い嫌で嫌で仕方ないわけではないものの離婚することが決まっていた。 夢の中の法律では 離婚が決まった夫婦は我が子を手放し 別の子どもを養わなければいけないとゆう決まりになっていた。


ワタクシは今何処でどうしているであろう我が子の事を思うと 悲しくて悲しくて仕方なかったので 家内が別の子どもの世話をしている姿が受け入れられなかった。

その子供はもう既に自分の親のように我々になついており 居なくても良い存在ではなかった。

だから今いるこの子の気持ちを考えると 自分の子供が戻ってくるなら 今いるこの子が居なくなっても良いわけではなかった。

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なぜか10日締めの集金をしている。

ガソリンを炊いてワザワザ集金に来ているとゆうのに 行く先々で

「 今日は居ないので明日来て下さい 」

と言われる。 信じたくないが どこも家計は火の車のようだ 子供を失った上に仕事まで失いそうな勢いである。

別に仕事をやりたくてやっているわけではないが そんな仕事だって楽しく感じることがある。


やりきれないほどの仕事を 心身健康な状態でやり切れたときの充実感は ただ足で山を踏破する充実感や マラソンを走って居る最中の いまだ経験したことは無いランナーズハイのように、 やってみたことのない普通の人が考えたら 単調で疲れるだけの何の面白みもない 嫌にしか思えない作業を黙々と続けたときと同じ陶酔感なのかもしれない。


そんな仕事が今 ピンチの状態にあるかもしれない。 悪い予感が的中しなければいいのだが・・・


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目が覚めた

我が子が笑顔で起きろと言っている。 朝6:00である。

「 まだチョット早すぎるじゃまいか 」

と言いながら 夢で起きた不幸は夢であったことに気づく瞬間である。


ここには今のところ多幸感こそ無いものの 離婚の気配はなく 子供も仕事もある。

失ってから初めて気づく大切なモノを 実際失うこと無く感じることが出来た。

悪夢もたまにはいいもんだ。

ところで夢の中のあの子はどうしているだろう?

ワタクシの想像の産物でしか無かったのだろうか?