お疲れ様です。


自分探しの旅で人生振り返り中のきょんです。


看護師の道…
全く無縁の業界に足を踏み入れる。

入った頃の新人は
今では信じられないけど
頭にターバン巻いてたチーン

戴帽式といって
ナースキャップを、授かる式を迎える迄

ターバン笑い泣き

知り合いに会った時の切なさ
今でも忘れない。
しかも
髪の毛 ピターッと形ついて最悪。

よその病院は無かったとか聞くと
更に切なかった。

仕事をしながら学校に通う
勤労学生。

学費は自分のお給料から出して
看護学生になってから
親からの援助は一切、受けなかった。

そんな中

高校の時呼び出された感染の話。

やはり医療従事者として
呼び出しを受けた。

再検査郵便局をしっかり受けなさいとー。

ごもっともだ真顔

上からのご指摘には逆らえない。

肝炎と言えば、近くに国立病院があって
肝炎の専門科があった。

採血の結果…
肝機能に異常値あり。

要検査の為に検査入院をすすめられた。
…わかりました。
それ以外に答えはないよね!?ニヤニヤ

採血の結果、
肝機能障害が判明。

通常2桁の所
私は3桁まで上がってた。

学生の時から
なんとなく疲れやすかったのはこのせい。
…納得した。

小さい時から
気管支炎や中耳炎とか
小さい病気はあっても
入院するような事は無かった。

初の入院。
初の肝生検。

不安だったけど
患者の立場になれる貴重な体験。
案外ポジティブだったかも。
借金取立ての時も同じ事思ってたニヤニヤ

ポジティブシンキングは、
この時からあったんだなデレデレ

入院は5日か1週間程度だったと思う。
入院費は流石に親に出してもらった。

初めての肝生検。
痛かった笑い泣き
絶対安静の辛さ
ベッド上排泄
…しかも、ナースコールを安易に押せない。
同業者としての躊躇感。

ポジティブに考えれば
ホント患者の気持ち分かったし
それはその後も生かされてたと思う。

色々検査をしてみて
感染率は極めて低いって事が
不幸中の幸い真顔

退院後も通院は余儀なく
外来フォローが続き
一年後、二年後と

トータル3回受けた肝生検
5年位は通院したかな〜
やっと、治癒と言われた時には肩の荷が降りた。

でもB型肝炎感染症って事には変わりないし
感染症として扱われる辛さは
ずーーーっと付き纏った。

…でも
この業界に進んでなかったら
こんなに調べる事無く

下手したら身体を壊していた可能性もある。

やっぱり私って

運がイイ真顔雷


どこまでポジティブやねん(笑)