一喜一憂 | リボンうさぎのブログ

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2016.7.7に断絶しました。

いつも、ブログを読んでくださっているみなさま、ありがとうございます。

実際、介護をされたり、ご家族の入院での様々な経験をコメントしていただいて

とても力づけられました。自分も疲れ果ててしまわないよう守られている気がします。

いえ、事実そうなんです。当事者である家族は、緊張していて、お互いの事をそれほど

気遣っていられません。自分の事は、自分でバランスをとらないと。

ですから、第三者の立場で、冷静なコメントをしていただけるのは、ありがたいです。



それで、昨日の父の容態は、シャワーをして疲れたせいか、元気がなく、息苦しそうで、

呼んでも、目も開けないし、これはもしかして、危ないかもと、初めて不安になりました。

面会は、自分の体調の事も考えて、一日置きに、いっていましたが、明日も来ようと思いました。

家に帰り、ネットで、がん末期の症状をまた調べました。


頭の症状として、集中力が無くなり、新聞が読めないとか、見えないものが見えるとか

ほとんど当てはまるものばかり。これらが、余命1カ月の症状として、1週間ごとに

記されていて、きのうの、呼んでも目を開けられないのは、余命数日とありました。

が~~~~ん‼︎


えーっ、もう一週間ないかもしれないんだ……………

それじゃあ、あさって引っ越すのってどうなんだろう…



最後のときを大切に過ごすようにって書いてあるけど、そのとうりだなあ。

バタバタして、あっという間にいってしまうのは嫌だなあ…

子供や孫、みんなに見守られて、安らかに旅立ってほしいし。

また、悶々と考えていたら眠れなくなってしまった。


そして、今日あまり深刻そうな私を見て、ついて来てくれた主人と、父の病室に入ると…

あらー。少し起こしたベッドからずり下がって、足をベッドの柵に乗せて、ややくつろいだ

体勢で、にっこり笑う父が、そこにいたのです。

もう、拍子抜けしてしまいました。

しかも、こも日の父は、やけに、意識がはっきりしていて、1カ月、夢の中にでもいたかのように

日にちを振り返って、不思議そうにしていました。せん妄もみられません。

自分で、「半分、死んどったんや」なんて、本当らしいことを言うので、わらってしまいます。

それで、私もホッとして、今日はもう会えないかと思っていたことなど話しました。

父の元気な様子に、一安心したものの、末期であることにはかわりません。

あまり、期待を大きく持たないようにしつつも、今日、元気であることを喜びました。

本当にお茶目で、可愛らしいところのある父が、だいすきです。

私の息子たちが、甲子園を見に行ったこと伝えると、

「ふーん、じいちゃんがあっち向きかけとるのに行ったんか?」なんていうし。

「あ、おいしそうなさかなが泳いどる、ぱくぱくぱく」とかいって、不安なこと言ってるのに

皆んなを笑わせてしまいます。(多分、幻覚です)


それにしても、この1カ月、父のみならず、家族とこれほど、緊密な時間を過ごしたことが

あっただろうか、と考えて、こういうの悪くないなとおもったりします。

そんなものはない、と考えていた家族の絆って、こういうときに見えるものなのか

と感心してもいます。祈りもしました。残念ながら、偽りの希望を捨ててから、新たな希望

は見つけていないけど。まあいいかな。これで。


長男いわく、これほど、みんなに愛されるじいちゃんは幸せな人生やったんや。

家族に見放されるひとだっている。そう考えたらじいちゃんは幸せや。

確かに、がん末期と言うのに、父と楽しく過ごした思い出が残っている。きようだって。

それでいいんだと思える。

明日は、病院をお引越し。あまり疲れないといいけれど。

すぐ、会いに行けるからいいよね。

もう少し、まだもうちょっと、長生きしてください。

皆んな、そう願っています。

長々とお付き合いくださり、読んでくださったみなさま、ありがとうございます。

父の闘病日記、もう少し続きそうです。

それでは、今日はこの辺で。

おやすみなさい。