そこに希望を見出さなくてもいい。
私だけじゃないんだ。
心の暗闇は誰しもに存在している。
そう思えるだけで満たされていく私がいる。
人生に、生きてることに、
意味を見い出そうとしても、
見つけられないことがほとんど。
人生は一種の夢のようで儚いのだから
そんなもの見つからなくても
気にすることはない。
100年後、己の存在を覚えている人がこの世にいると思うか。
特別な有名人でもない限り、
誰も覚えていやしない。
だから安心すればいい。
今何を思っても、何をしても
それによって
この世の未来が変わることはそうない。
決してマイナスの意味ではなく
だからもっと適当に生きればいい。
能は自分の内面と向き合うものだから。
理解しようとしないで自分なりに受け止めればいいの。そこに間違いはないから。
そんな台詞があって、
私にとってはそれが能でなくて演劇なんだなぁって。舞台の作品を観ている私は、
家族や友達、他のどんな人といる時より
素直なんだと思う。
そこでは自分を取り繕う必要はないし、
思っていることが上手く言葉にならなくて、
相手に伝えられなくて悔しさや悲しさ、焦りを感じることもない。
言葉にできない感情も含めて、
優しく包み込むことができる。
普段、演劇ではない映画やドラマを観ても、
心突き動かされることはあれど、
この手の感覚になることはない。
作品と私との間には必ず一種の隔たりがある。しかし、この作品は能が描かれていたからか、舞台に近い何かがあって、だから心動かされ、こうして文章を書いている。
私も田舎から出てきた身だから、
思うことは幾つもあった。
村では誰しもが顔を知っていて、
家族構成も、その人にどんな出来事があったかも多かれ少なかれ、皆情報を知っている。
私は好きなことが見つかって、
それを追いかけるように田舎を出た。
けれど、そうでなくても
あの場所の窮屈さに耐えられなくて、
遅かれ早かれ離れていたと思う。
導かれるようにして、
別の居場所を手に入れられたことを
心から幸せに思う。
田舎って何かあって、
舞い戻ればその噂はすぐに広がる。
そういう世界だから。
考えただけでゾッとする。
光指す道を歩ける者と、
暗闇しか歩めない者の違いは何なのだろう。
それが生まれ持った運命だとは思いたくない。あんなに必死で生きる主人公が、
結局は洞穴から抜け出すことができないなんておかしい。だからこの世は不条理なんだと、
人は嘆きたくなるのでは。
重すぎて、もう1回観に行こうとはならないけれど、私の大好物な作品でした。
結局私は、Happy物語よりも、
こういう暗くて重い話が好きなんだよね。
良い時間でした。