受験生なのにさっぱり勉強しない長男に、相も変わらずPCを占領されているりべろです。こんにちは。こんばんは、かな?ついでにおはようございます、も言っておきます。
吐き出しブログです。
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色々やってはいますが、何をしていてもふっと頭によぎるのが姉のこと。
2月25日に亡くなって、もうすぐ9か月も経つみたいです。
でも、実感がないんです。遺影となったすごくいい笑顔の桜バックで笑っている写真を、いつも私が座る椅子から見えるところに小さな写真たてに入れて飾っていますが、笑っているんですよね。目線を上げるとこっちを見て、笑ってて何とも言えなくなるというか。
実感がないと書きましたが、いやというほど実感してるから、思い出すだけで泣けてくるんだろうと思います。どこかで信じたくない気持ちもどうしても消えなくて、骨まで見届けたのに、小さな骨壺にも入れたけど、すべてが遠いというか。
なんで、声が聞けないんだろう、とか、こんなこと、姉ちゃんに相談したかったのにな、とか。うちの母なんかは、顔が見えると辛いから、ってせっかくあげた写真立てにいれた写真は伏せているらしいです。その気持ちもわかるし、母に会えば何かしら姉がどうだった、こうだった、という話をしてしまう。
たぶん、元気で連絡をいつでも取れる時は、何ヶ月と音信不通でも気にしていなかったから、今の方が姉を想う頻度は各段にあがっているかな。
法要関係で、姉の所に来てくれる住職の言葉とか、なにかにつけ聞いてきましたが、故人を思い出すのが供養、お経をあげるのが供養、と言われました。
思わない日はないけれど、何をさしおいても生きていてほしかった。ただ、これだけ。
時節柄、喪中はがきがパラパラと届きます。ほとんどが、高齢の父母やもっと高齢の祖父母の喪中につき…という内容。義姉の時の新聞のお悔やみ欄でも感じた事。
若くして亡くなるというのは、圧倒的少数ということ。人間はいつか亡くなります。人間だけじゃなくて、命あるもの、形あるものはいつかその灯を消す日が来るのはもちろんわかっています。平等に終わりはやってきます。でも、その長さは平等ではありません。
長く生きたから幸せ、短いから不幸せでもありません。姉は幸せだったと思います。でも、もっと生きていてほしかった。どこをどうめぐっても、ここへ戻ってしまう。
なぜ、姉が死ななければならなかったのか。明確な理由や原因がわからないのも一因かもしれない。わかっていても、考えるかもしれない。
ただ、何年たってもきっと思い出して涙を流すんだろうな、ということはわかる。日常の中で姉を接点がなかった私がこれだけ、姉が居ないという現実を痛感しているということは、姉の旦那さんや、子どもたちはそれ以上ということ。
姉の立場を考えるだけで、ダメなのに子供たちや、義兄のことを想うとさらにダメです。でも、必要以上に出張ってあちらの生活に入り込むのも、それはそれで気を使わせてしまうので、できない。
姉の家は日常的にけっこう生活圏内にあって、時間が空いた時や姉が仕事を始める前はしょっちゅうお茶をしに寄っていました。姉が居なくなって、もうあんなに気軽に行けなくなったんだな、と近くを通るたびに思ってしまう。
タイミングよく自分が病気になって、その関係で他の人のブログとかも履歴から病気関係が目につくようになって、その中には闘病生活が終わっている人、終わらされた人もやはりいて、記事が目に付くということは、のこされた家族視点のものも多く、死というものを身近に感じています。
どうにもならないこと。時間が癒してくれるのを待つしかないこと。
わかってはいるけど、やっぱり辛いし、寂しい。
義姉も姉も居ないので、いずれ先に逝くはずの親以外では、兄しか居ません。旦那はさておき。やはり義理の身内は違うんです。困ってることを相談したり、ねえねえこれどうなん??といった愚痴的なことを言える間柄ではありません。私だけかもしれませんが、うちの旦那の方は特にそういうのを言えるような親しさはないので…。
兄とも実感がない、とは話したけど、兄は兄でいろんな問題を現在進行形で抱えていて、むしろ兄のことを姉と相談したかった…って感じです。兄には小さいころから歴然とした力関係が存在していて、兄は絶対的存在なので、その上に姉が居て、いつもはポヤンポヤンしてた姉ですが、いざというときは第一子の長女感がしっかりありました。
姉ちゃんは決して聖人君主ではなくて、どちらかというと天然ボケの気が強い、頭でっかちな人です。教えられた道以外は決して通らないような、融通も機転も利かない人。心配性でしっかり予習しないと不安になるような人。
私や兄とは正反対といっていいような性格の人でした。
なんだろう、姉のことを過去形でしか語れないんだ、という事実だけでまた視界がぼやけてしまう…。なんていうか、不安定です。思い出した時だけ、ではあるので、日常はしっかり送っていますし、そこにとらわれて動けなくなる、ということもありません。
ただ、覆されない、受け止めたくない、信じられないけれどこれが現実なんだと、日々思い知るというだけです。
でも、こうして吐き出すことも必要なことだと思うので、とりとめもなく、ただひたすら目を真っ赤にしてごみ箱を鼻紙だらけにして、書き連ねました。
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なんていうか、長男が受験生なんですよね。初めての経験なので、さっぱりわかりません。願書とかって学校が書いてくれるってことですかね…。そこからわかりません。
担任の先生がかなりいけてなくて、来月懇談がありまして、そこで進路決定とか言われていますが、この子はここを受けるので大丈夫とか言ってくれないだろうし、そもそも体育の先生で(女性)音楽学科を受けたい息子の進路は、音楽の先生に相談してください、と夏に言われて懇談終わったくらいの、懇談に期待できない先生。
じゃあ、何を指針にすればいいんだ!!!わからねーよ!!
という状況です。地元の風潮としては、県立公立に行くのが普通で、落ちたら私立という感じです。県立ばかりなのでもちろん一校しか受けられず、自己推薦はありますが狭き門です。一般試験は3月。発表は卒業後、という遅さです。
それが当たり前だと思っていたから、選択肢自体が多かったり、試験そのものが卒業前に終わっているというのも聞いた時は驚きました。
でも、進路が確定していないのに、卒業で生徒を放り出すんやな、と言われて「確かに!!」とそのおかしさに気づいたというか。どうしようもないことですが。
あまりに長男が受験生っぽいことをしてくれないので、やもやもだけしています。行きたい高校があるのなら、そこに向けて努力してほしいんだけど、受験のためには動いてくれません。作曲をしていますが、作曲では受験科がなく、1年習っただけの自己流ピアノでは無理だし、一応3年やったトロンボーンを選択していますが、楽器ケースをあけることもせず…。
2週に一度の元顧問のレッスンを受ける以外は、吹いていないあり様。成績やテストがいいのならまだしも、それも悪い上、音楽科は実技が必ずあるので、本当にやらないと無理なのにー。
男の子っていつになったら本気を出すんでしょう。落ちたらメンタル弱いので、どうなることやら、考えただけで頭が痛いっていうのに。
それこそ、考えても仕方がないこと。本人が自覚(は一応している)して行動に移してくれるのを待つだけ、です。
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今日行った地元の紅葉。
有名な八幡ではなく、ひっそりとしている穴場です。
黄色の絨毯がきれいでした。
見上げたら銀杏。
四国八十八箇所の結願寺、88番札所、最後のお寺です。
うるう年の今年は逆打ち詣での年でした。
コロナで納経所が閉鎖されてしまい、逆打ちどころじゃなくなってしまいました。
今は復活しています。今日、結願に到着した歩き遍路の方もいらっしゃいました。
でも、例年ならお遍路の恰好をした、ほぼ観光のバスツアーの方がたくさんいらっしゃる時期ですが、一般客の方が多かったですね。
こちらは山深い場所にあるので、例年紅葉の始まりはここから聞きます。
行かれるなら午前中だと日差しが紅葉に映えます。とはいえ、香川なので京都とかに比べると赤みは控えめです。
ほとんどがオレンジか、くすんだ赤。これはかなり赤くなっているのを選んで撮っています。
よく見るとクモの巣がw 肉眼では見えていませんでしたー。
今月の天空の鳥居。ママ友と行きました。
では、目がひりひりしていますが、明日からも元気に生きていきます。
いつか、胸を張って姉と再会するその日まで精いっぱい。自分なりに。
りべろ








