『夏の夜もむつかしからぬ』 其の三 土方 歳三
―――祗園会当日の夜。
少し早めに島原に着き、大門近くの茶屋で待つことにした。さすがに祭り見物に繰り出す人は多く、いつもより活気もあり、にぎわっている。誰もかれもが、綺麗に着飾り嬉しそうに足早に通り過ぎていく。
(・・・あいつも、精一杯着飾ってくるだろうな)
恥ずかしそうに頬を染める、あいつの姿を想像する。
喉の奥に沸き起こる笑いを噛みつぶして、ふと顔を上げると、一際目を引く娘が足早にこちらへ歩いてくるのが見える。
――――あいつだ。
あいつは俺が大門にいると思って、こちらには目もくれず、想像通り少し上気した頬がやけに艶めかしく、過ぎゆく男という男が振り返って○○を見ている。
中にはすれ違いざまに、あからさまに口笛を吹く輩もいる。
あいつはそんな視線にもまったく気付かないまま、茶店の前を通りすぎて、大門に向って行く。
その先に俺の姿を探してか、きょろきょろと辺りを窺っている。無防備にも程があるってもんだ。
そうこうしてると、もう酒に酔っているのか赤い顔をした若い連中が○○に声をかけている。
慌てて席を立ち、大門へ向かう。すると、にやついたその中の一人が、○○の肩に手を伸ばそうとしているのが見えた。
――――気が付いたら駆けだし、寸での所で男の手を掴んでいた。
「――なんだ!? お前!」
「土方さんっ!」
じろっとそいつらを睨みつけて、○○を背中にかばう。
一瞬、たじろぐ様子を見せるものの、何か言ってやろうと腕を掴まれた男が口を開こうとした時、連れの男が先に口を挟む。
「お、おい、今、土方って言ったぜ・・・?!」
「土方って・・・壬生狼のか・・・!?」
「・・まずいって、“あの”副長だよ!」
さっと空気が変わり、俺が掴んだ男の手を緩めた瞬間、散り散りに逃げて行った。
「・・・・・・」
「あ、あの・・・・」
小さく息をついて、後ろを振り返ると、戸惑いの色を見せながらも頬がまだ赤い○○がじっとこちらを見上げている。
「あ、ありがとうございました!」
「・・・・いや、俺ものん気に見てねえで、早く来りゃあ良かった」
「え・・・?」
「いや、なんでもねえ・・・・。藍屋さんに休みはもらえたのか?」
「あ、はいっ! 遅くならないように、って言われましたけど」
「ふっ、相変わらず、抜け目がねえな・・・」
こうして男が隣にいてもなお、周りの連中がちらちらとこいつを振り返って見てやがる。
・・・それも無理はねえ。
こいつときたら、俺の想像をはるかに超えて、上品に桔梗が散った真っ白な浴衣を身にまとい、髪はゆるく結い上げてしゃらりとゆれる簪が娘らしさを強調している。
いつもの着物より薄手の浴衣が妙に色っぽく、身を纏う物にまったく劣らない綺麗な顔で嬉しそうに頬を染めて俺を見上げている。
(これだけ目を引く容姿だと、見るなと言う方が無理か・・・)
どこに居ようと見る者を惹きつける、神々しいまでの美しさをはなっていた。
その隣に立つのが鬼の壬生狼か・・・。お前の評判を落とすような事にならなきゃいいが。
「・・・・行くか」
「はいっ」
ゆっくり歩き出す俺の後を急いで追って来る○○に、少し振り返り、手を差し伸べた。
○○は一瞬目を丸くしたが、輝くような笑顔で俺の手をそっと取った。
繋いだ手に指を絡ませ、優しく引き寄せて、二人で歩き出す。
絡み合う視線で思いを飛ばし、ゆっくりと前を向く。
「・・・人が多いから、手を離すなよ?」
「・・・はい」
たとえお前の評判を落とすことになっても、この手は離さねえよ・・・。
もし、俺のせいでお前が蔑まれるようなことになっても、俺がその全てから守ってやる。
だから、お前は俺だけを見てろよ・・・。
――――私は大門で彼を見た時、周りの景色が吹き飛んでしまうほど、彼に見惚れていた。
いつもと違う、白い浴衣姿。凛とした立ち姿に周りの空気まで変わる気がする。

見惚れ合う
Illustted by くぅ(ё_ё)さん
彼は気付いているのだろうか。
道行く女の人がみんな、貴方に振り返っていることを。
若い子も、そうでない人も、みんな頬を染めてちらちらと貴方を盗み見ていることを。
貴方は優しげに細めた瞳で、私を見つめてくれるけど、私は貴方の隣に似合う女の子になれている・・・?
いつも鬼の仮面で隠しているけれど、貴方の本当の姿を知ったら、きっと誰もが貴方に恋をしてしまう。
そうなっても、貴方は私を傍においてくれる・・・?
私は貴方の横に並んで立っていていいの・・・?
繋がった手から、指から、彼の温もりが、優しさが伝わって来る。
私の小さな手を包み込んでしまう、大きな大人の男の人の手。
―――この手を離したくない。この優しい人とずっと一緒に居たい・・・。
昇りかけた月を見て、そんなことをそっと願ってしまう。
二人で、出店を眺めて、手に取ってあれやこれやと笑い合ったり、時には美味しい物を食べたりして。
大抵私のだけでいいって言うから、味見を勧めてみたら、無愛想だけど私の手から一口かじってくれる。
私はそれが照れ隠しだってわかってしまうから、ただ嬉しくて。
すごく年上の男の人なのに、可愛く思えてしまう。
何をしても、何を見ても、何を食べても、繋いだ手はそのままで。
今日の祭りの見せ場、人が溢れ返った場所では、繋いだ手がふっと離れて一瞬不安になったけど、すぐに肩を抱き寄せられて、顔に一気に熱が上がって来る。
「・・・人が多い。大人しくくっついてろ」
そういう土方さんも、どこか照れてるみたいで、そっぽを向いている。
私も恥ずかしさで思わず顔を俯かせてしまうけれど、彼に小さく笑われて「しっかり見とけよ?」と前をむかされる。
人ごみに押し返される度に、彼がぐっと引き寄せてくれて、もうほとんどぴったりと彼にくっついてる形で。
私は祭りを楽しむ余裕などなくて、ろくに出し物を見ていられなかった。
結局、俯いてしまっていたせいか、人の多さに酔ってしまい、青い顔をしているのを土方さんに指摘され、急いでその場から抜け出した。
ようやく人ごみから出て私が一息つくと、肩から滑るように土方さんの手がおりてきて、私の指をまた絡ませる。
トクントクンと、甘い鼓動が響いてくる。
「大丈夫か? 歩けるか?」
私の顔を覗き込んで尋ねてきて、不意に端正な顔が目の前に迫って、心臓が一際大きく跳ねる。
「す、少し休めば、大丈夫です! すみません・・・・せっかくのお祭りなのに・・・」
「んなこと気にすんな。 ・・・ちょっとここで座ってろ。水もらってくる」
「はい・・・」
ふっと、繋いだ手から温もりが去って、大きな背中が振り返る事無く、雑踏にまぎれて見えなくなる。
私は人の流れから少し離れた場所で、手ごろな岩にもたれかかるようにして軽く腰を下ろす。
相変わらずの人出で、急に一人になった寂しさがこたえてくる。さっきまで安心しきってたのが嘘のように、不安で、心がざわめきだす。
提灯の灯り、そこに行き交う人波がどこか遠く感じられる。
賑やかな場所から一人弾かれてしまったような感覚。
無意識に視線を足元に落とし、しょんぼりしていると、ふと、人影が足先にかかる。
- 其の四へつづく -