『寝覚め月』  古高 俊太郎  -水エンド後続編 ・ 第二章- | りべろ的おはなしの部屋

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俊太郎さま水エンド後シリーズの続編になります。



こちらは続編の第二章です。第一章からご覧ください。


私の初期の駄文、秋斉さんの『揺れる思い』と、俊太郎さま水エンド後の番外編
翔太くん視点 『決心』 この2つのお話とリンクしています。


俊太郎さまの水エンド後と合わせて、翔太くんの番外編と、秋斉さんのお話も
読んで頂けると、よりわかりやすいかな、と思います。


なお、当然のごとく、水エンドにまつわるネタバレは前作に含まれておりますので
ご注意ください。


こちらの続編自体、前作を上げた直後に頂いたコメントの中にあった
娘が生まれたらどうなるんだろう、というコメントを元に作っております。

昔すぎてコメントを辿る労力がありませんが、コメントを頂いた皆さま、
「私のこと?(* ̄Oノ ̄*)」ってほくそ笑んで頂いて構いません。

ありがとうございますw


それでは、俊太郎さまを愛する全ての子猫ちゃんと、
俊太郎さまが気になっている未来の子猫ちゃんに、捧げます。







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『寝覚め月』  古高 俊太郎  -水エンド後続編 ・ 第二章-







―――それから2日後。


○○「じゃあ、お多恵さんの言うこと、ちゃんと聞いてね?」
俊太郎「お多恵はん、よろしゅう頼みます」


お多恵「へえ、お任せください。子供達のことはお気になさらずに、ゆっくりしはってね?」
「いっぱいお土産買ってきますからねっ!」


「はいはい、気ぃつかわんでかまへんのに・・・。道中、気ぃつけて」

私はくすくす笑うお多恵さんに微笑み返してから、歓太郎に向き直った。



「歓太郎さん、留守の間よろしくお願いしますね。兄妹仲良く・・・。あ、それと、書の稽古もちゃんと。毎日少しずつするのが・・・・」

歓太郎「――大丈夫ですから、母上。・・・それよりも、母上。うかれすぎて川などに落ちたりなされないよう、気を付けてくださいね」

「・・・・・そ、そうだね」




私の言葉を遮って歓太郎にやんわりと釘をさされる。最近急に大人っぽい口調になってきた彼に、実はこっそりどきどきしている。

歓太郎は色々な事によく気が付いて、いつもさりげなく手を貸してくれたりする。


実は私がかなりおっちょこちょいなのも、彼にはバレバレで、何度となくドジを踏んだ所を見られてしまっている。

何か失敗をする度に、仕方ないなぁ・・・という感じで手助けしてくれて、その後ふっと笑う顔がなんとも素敵な笑顔で、我が子なのにドキッとしてしまうことがある。


・・・・俊太郎さまには絶対口が裂けても言えないけど。



その上、私が言うのもなんだけれど、俊太郎さまによく似て綺麗な顔の美少年に育ってくれて、私としては嬉しくもあり、ちょっぴり心配でもある。


手習いに行っている所の先生に聞くと、下働きの女中や、下女らに人気があるという。母としては、あまりもてはやされても、色々と気になってしまうというもの。



そんな私たちのやり取りを、静かに俊太郎さまが見つめていたのは私は気付いてなかった。



「・・・・・・大丈夫や、歓太郎」
「わてが片時も母上から目を離しまへんから、そないな事にはなりまへんよって・・・・」

「・・・・・・はい」

そういうと意味深な笑みを歓太郎によこしてから、俊太郎さまが娘の方を向く。



あや「父上~・・・・なんで、うちら連れてってくれへんのぉ? うちも行きたい・・」

さき「うちも! うちも行きたい! 父上~なして置いてけぼりなん・・・?」


娘達がここぞとばかりに口をそろえて、食い下がる。こうなる事がわかっていたので、直前まで内緒にしていたのだけれど・・・。


俊太郎さまは、娘たちに合わせて腰を落として、しっかり目を見て話をする。


「今回は、母上と夫婦になって10年の節目やさかい。いつも頑張ってる母上へのご褒美なんえ・・・堪忍な?」


酷く辛そうに眉を下げて、愛しい愛娘たちを両手で抱きしめている。娘たちもまるでこのままお別れするかのように、大きな目に涙を浮かべて俊太郎さまの首に抱きついている。


娘達は若い頃の私と行動がよく似ているらしく、俊太郎さまいわく、特に駄々をこねている時が昔の私にそっくりだと。

なんていうか・・・・私、こんなだったの・・・・・? 嫌な汗が額に滲む・・・。





「いややぁ~! 父上~~」
「さきも連れてってー・・・」

もうすっかり、今生の別れのようになってきている。どうしたものかと思っていると・・・・。



「お前ら、ええ加減にしぃや。父上も母上も困ってはるやろ?」

「いややぁー・・・」
「にに様ぁ・・・」


源次郎「おでかけ? ちちさま、おでかけ?」

一人よくわかっていない源次郎に思わず頬が緩む。



「はぁ・・・・父上、後でちゃんとわからせますから、もう行ってください」


歓太郎が長男らしい事を言ってくれる。
私はなんだか成長を感じる事ができて、一人じ~んとしていた。


・・・・のだけれど。



いつまでも動かない俊太郎さまに、「ん?」と思ってると、俊太郎さまが情けなく眉根を寄せてこちらを振り返った。



「・・・・○○、やっぱり家族で・・・・」


それはそれは小さい声で。可愛い娘らのお願いをつっぱねられない彼の弱気な呟き・・・。

大泣きしている娘らには聞こえてなかったみたいだけど、私と歓太郎の耳にはしっかりと届いた。




○○「・・・・・・・・・・・・・・は?」
歓太郎「・・・・・・・・・・・・はぁ?」



・・・・あいた口が塞がらないとは、まさにこのこと。



でも、私達の反応に、はっと我に帰ったのか、俊太郎さまは慌てて首を振り、改めて娘らを優しく説き伏せてなんとか出発することができた。

手を振る皆に振り返りつつ、毘沙門堂を後にした。歓太郎が呆れた顔をしていたのは言うまでもない。



嵐山までは結構な距離がある。とにかく、毘沙門堂から山を降りなければ何も始まらない。


○○「・・・・・・・・」
俊太郎「・・・・・・・・・」


会話が弾まない・・・・・。

せっかく楽しみにしていた二人きりの旅行なのに、まさか娘に取って食われそうになるとは思いもよらず・・・・。

・・・・なんだか、出鼻をくじかれた気分だ。






「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・すんまへん」


重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、俊太郎さまが沈黙を破る。

隣を歩く彼を見上げると、心底すまなさそうに眉尻を垂れてうなだれていた。
その落胆っぷりが反対に可笑しくて、もうなんだかどうでもよくなってきた。



「・・・もう、しょうがないですね・・・。本当に娘には甘いんですから・・・俊太郎さまは」


気付けばそう言って、手を取り合って指を絡めて、彼がふと立ち止まる。俊太郎さまはこちらを向いて、もう片方の手の甲で頬をするりと撫で上げる。


「へぇ・・・・。わてとしたことが、つい情に流されそうになってもうて、えろうすんまへん」

「いいですよ、もう。 まさか、自分の娘に妬く日が来るとは夢にも思いませんでしたけど」


私は冗談めかしてそう言って、微笑んだ。そして、この旅行を心から楽しもうと思った。
私のためにも、俊太郎さまのためにも、可愛い子供達のためにも・・・・。


俊太郎さまが、私の腰を抱き寄せ思いを込めて私の唇とついっと撫でる。どきっと胸が跳ねる。





「これから二日、二人きりどすな。 ・・・・ゆっくり楽しみまひょ」
「はい・・・」


そういうと、静まり返った参道で口付けを交わす。
周りは風にゆれる葉の音と、遠くで鳴く鳥の声しか聞こえない。二人だけの世界。

唇が離れる瞬間、悪戯に私の唇をぺろんと舐められた。


「っ!?」

外で口付けを交わすだけでも恥ずかしいのに、悪戯に舐められて、顔から火がふきそうだった。


「しゅ、俊太郎さま!? や、やめてください・・・」


俊太郎さまはすっと体を離しながら、くらくらするほどの色気で流し目をよこす。
それから耳元で吐息がかかる距離で囁いた。


「妬かせたお詫びに、今宵は誰にも気兼ねせえへん所で、あんさんをぎょうさん啼かせてあげまひょ」
「な、なっ!?」


「覚悟しといとくれやす」
「・・・っ!?」


いったいどこがお詫びなんだろう!?と思いつつも、期待に心震える私も居て、真っ赤になりながらも、小さく頷いてしまった。


俊太郎さまはそんな私に嬉しそうに目を細めて、もう一度軽くキスを落としてから、繋いだ手を揺らして参道を二人で降りて行った。





二人きりの旅行は、思い返せば初めてだった。

新婚の頃はまだ俊太郎さまも町を気安く出歩ける時勢ではなく、そうこうしている内に子供が生まれて、気が付けば10年経っていた。


未だに母になれているのか、親になれているのかと、不安だらけだけど、そばで俊太郎さまがいつも優しく笑って寄り添ってくれているので、何とかやってこれたように思う。


俊太郎さまは私へのお礼と言ったけれど、私からも俊太郎さまに今までのお礼を言いたいと思った。





いつも買い出しに行く山科を過ぎ、京の町中へ足を向ける。無我夢中で駆け抜けてきたあの日を思いだすと、今でも体が強張る。

いつも避けてきた島原や、枡屋があった四条。慣れ親しんだ京の町並み。


いくつもの穏やかな懐かしい思い出。ずっと閉ざしてきた身を切るような辛い思い出。そのどちらもかけがえのない私の記憶。今ではそう思えるようになった。


あの捕縛があったからこそ、俊太郎さまは今ここにいるのだと、気付くことができたから。

どれもが忘れてはいけない大切な記憶だった。




見覚えのある場所に近づくにつれ、次第に口数が減り、ただ繋いだ手に想いをこめて握り締め、しっかりとした足取りで歩を進める。


大門をくぐった途端、溢れだす想いが堪え切れなくなった。しっかりと見たいのに、視界が滲んでよく見えない。

そんな私に気付いた俊太郎さまが、懐から手ぬぐいを出して手渡してくれる。



「まだ大門をくぐったばっかりや。今からそないな事でしたら、持ちませんえ?」

「はい・・・・すみません。何か色々思い出しちゃって」


私は目をそっと手ぬぐいで押さえてから、涙のにじむ瞳で俊太郎さまにぎこちない微笑みを返した。

改めて手を握りしめあって、どこよりも行きたかった場所へと向かう。


本当は四条の店に行こうとも話が出たのだけれど、店には迷惑をかけてしまったというのと、後を継いだ番頭さんもすでに今はなく、代替わりしているのもあって寄らないことに決めた。

すべてが受け入れてもらえるとは限らないという俊太郎さまの考えに私も頷くしかなかった。





しばらくすると、いくつもの提灯を下げて、深い藍色の暖簾がはためく建物が見えてきた。
一気に脳裏に懐かしい人達の顔が浮かんでは消え、胸が切なく締め付けられる。


「・・・・行きまひょか、○○」
「・・・・・はい」


息が詰まって思わず立ち止まってしまった私の手を引き、俊太郎さまがゆっくりとそこへ近づく。

震えそうな手をぎゅっと握りしめ、ふたりで暖簾をくぐる。




「すんまへん・・・どなたかいらっしゃいまへんか?」


俊太郎さまが玄関から奥に声をかける。すぐに奥から声が返ってきた。



???「へえ・・・・朝からどなたでっしゃろか?」


聞こえてきたのは懐かしい優しい声。握りしめていた俊太郎さまの手ぬぐいを口元にあて、漏れそうになる嗚咽を堪えていると、静かな足音がぱたぱたと聞こえてきた。



???「へえ、お待たせしました。何の御用でっしゃろ・・・・」

「―――!!?? ・・・・・○○はん・・・?」


「・・・あき・・なりさん・・・」

「・・・藍屋はん、ご無沙汰しております・・・」



顔を出したのは、秋斉さん、その人だった。





堪えていた想いが溢れだしてくるのをもう止められなかった。

私はぼろぼろと涙をこぼして深く深く頭を下げた。それに応じて俊太郎さまも静かに深々と頭を下げた。


「・・・・そうか、元気そうで、何よりや・・・」

秋斉さんは多くを語らず、あの日飛び出したままの私に優しく微笑んでくれた。


「長い間、ご挨拶にも来ずに、申し訳ありまへんどした」

「仕方あらしまへんやろ。あんさんは死んだ事になっとりますよって・・・・」
「こないなとこで立ち話もなんや、おぶでも淹れますよって、おあがりやす」


「へえ、おおきに。ほな、少しだけ・・・・」

「ほら、○○はんも。・・・・そないに泣いてたら綺麗な顔が台無しやで?」
「は、はい・・・・・」


ちょっと呆れた風に優しく笑って、秋斉さんは私たちを部屋に案内してくれた。

変わらない秋斉さんの声、優しい眼差し、置屋独特のほのかな白粉の匂い、かすかに聞こえる練習している三味線の音。

まるで、久しぶりに実家に帰ってきたような、全てが愛しくて懐かしい場所だった。





秋斉さんの部屋に通されて、なかなか泣き止まない私に苦笑いをしながら、俊太郎さまは今までの事を簡単に話していた。

それを一つ一つ頷きながら、静かに聞いていた秋斉さんは、最後にふぅ~と大きく息を吐いてゆったりと座り直した。


秋斉さんが淹れてくれたお茶が冷める頃、ようやく落ち着いて来た私はなんとか涙を拭いて、話せるようになった。



「・・・落ち着かはった? ○○はん」
「は、はい。すみません・・・なんか」


「もう、10年も経ったんやなぁ・・・・。あの頃おった遊女はほとんどおらんようなったもうたわ」

「それにしても、○○はんえらい女らしゅうならはって、驚きましたえ?」


「もう、秋斉さんったら、上手いこと言って・・・」
「・・・菖蒲さんや、花里ちゃんも、良い人に身請けされたんですね」


「へえ。菖蒲は今は大阪や。花里は、山科や」

「えっ!? 山科!? 本当ですか!?」





「なんや、なんや、えらい剣幕やな。・・・ああ、そうか。毘沙門堂は山科の方やったな」
「そうや、山科の味噌問屋の若旦那の所に身請けされはったんや。・・・えろう、男前の若旦那でな」


「味噌問屋・・・・若旦那・・・・」


私は顎に手をやり、記憶を手繰り寄せてみる。何かこの単語に聞き覚えがあるような・・・・。


真剣に考えこむ私を見て、二人がどうしたことかと目を見合わせている。

しばらく考えを巡らせて、ふっと記憶の糸が繋がった。


「・・・・あ、あれだ・・・・」


私は思わず、自分の手の平をぽんと叩いて、すっきりした表情で顔を上げる。


「そうだ、あの噂のお嫁さん・・・・・あれが花里ちゃんだったんだ!」

「そうかぁ、美人なのに底抜けに明るい島原の天神さんって・・・花里ちゃんのことだったんだ!」



毘沙門堂にいても、町の噂は女中さんや御用聞きの人を通じて耳にすることが多い。

その中で、特に色ごとに関するものは、どこにいても女たちの話の種で事欠かない。その数多く囁かれる噂話の中に、山科の味噌問屋の若旦那が島原の天神を嫁にもらったという話があったのだ。



その若旦那は女中たちの間でも人気があって、若いのに島原に通いつめているとか、ついにお目当ての天神を射とめたとか、

最初は反対してた旦那はんらも最後には折れて、今では明るい人柄に可愛がられてるとか、ないとか・・・・そういう話だったと思う。


島原には多くの置屋があって、働いている遊女の数も多い。

その中で藍屋はけして大きな置屋とは言えず、小さいながらも粒よりの遊女を揃えていることで食いつないでいるタイプだった。


だから、まさか噂の天神が、花里ちゃんのことだとは・・・・夢にも思わなかった。



「ああ・・・味噌問屋なら知っとります。若旦那とは面識がありまへんどしたが。そうどすか、山科にいてはるんですか。えろう近い所にいはったんやなぁ」

「へえ・・・・花里に知らせたらすぐ飛んでいく思いますえ」


「う、嬉しい・・・・花里ちゃん、どうしてるかなぁ・・・天神ってすごいなぁ・・・」

「へえ・・・そら、苦労しましたで? あの稽古嫌いのおいどを叩いて、鍛え上げましたさかい」


秋斉さんは口ではそう言っても、優しく目を細めて遠くをみて懐かしむように喉を鳴らして笑った。





俊太郎さまはしばらく昔話を楽しむ私たちを嬉しそうに黙って眺めて、会話がふと途切れた頃、静かに口を開いた。



「藍屋はん。今日はわてらが祝言をあげて10年の節目どす。せやから世話になった藍屋はんとこへ、ご挨拶に寄らしてもろうたんどす」

彼はそういうと、膝を正して座りなおし、秋斉さんにきちんと正面を向いて姿勢を正した。
何か真剣な表情の彼に、私も慌てて姿勢を正し、俊太郎さまの背後に控えた。


それを見て秋斉さんも優雅に揺らしていた扇を静かに閉じ、帯にくっと差し、すっと背を正した。


そうして俊太郎さまが静かに口を開く。



「挨拶もでけへんまま、○○を奪う形になってもうた事、ずっと心苦しゅう思うとりました」

「勝手な真似をして、えろう、すんまへんどした」


俊太郎さまはそう言うと、秋斉さんに深々と頭を下げた。それをじっと見ていた秋斉さんは、ふっと表情を和らげて言った。




「頭を上げておくれやす。仕方のないことやと分かっておりましたさかい」

俊太郎さまはなかなか頭を上げようとしない。その様子に秋斉さんは小さく息をついて、こう続けた。



「・・・知ってましたんや、○○がどこにいてるか。せやからあんさんが負い目を感じることはありまへん」

「え・・・っ?」

私は思わず顔を上げる。さすがに秋斉さんのこの言葉に、ぱっと俊太郎さまも顔を上げた。



「知ってはった・・・・? 何をどすか・・・?」

俊太郎さまは訝しむ顔で、秋斉さんを見つめる。秋斉さんは再び扇を取り出し、綺麗に口元を隠す。



「全部や」


にこりと妖艶な微笑をよこしてくる秋斉さんに、私たちは顔を見合わせて言葉を失っていた。


「それは、どういうことでっしゃろか・・・?」


「・・・・・最初はほんまにどこでどうしてはるか、全然わかりまへんどした」


俊太郎さまの問いに答える形で秋斉さんが静かに話を始める。
それはもう随分会ってない大事な人達の話だった。





「・・・・金門の変から○○が居なくなったんは、まあ・・・あんさんところへ行ったんやろうと思うとりました」

「せやけど、どこでどうしてはるか、それは掴めんかった。慶喜はんも大変な時どしたから、えろう心配しとりましたが動くことはできひんかった」


「慶喜さん・・・・」
「・・・・・・・」



「せやけど、あの日から一月ほど過ぎた頃、ふらっと結城はんが顔を見せたんや」


「えっ? 翔太くん?」
「へえ・・・・。これから坂本はんと京を離れるから当分寄れへんからって」

「・・・ほな、翔太はんから聞かはったんどすか」



「へえ。せやけど、こん時はどこにいてはるかは、いくら聞いても首を横に振るだけで」

「ただ、○○はんは安全な所にいるから、安心してください、とだけ言うて、それきりどした」


「翔太くん・・・・」




翔太くんとは毘沙門堂で別れて以来、会っていない。彼が訪ねて来ないのは、きっと私たちの身の安全を思ってのことだと思っている。

一度だけ宛先のない便りが届けられて、俊太郎さまが気付いて私に渡してくれた事があるけど、それは随分前の話だ。


・・・・・龍馬さんが亡くなった後、彼が遺志を継いでこの時代に残ることにした、という内容だったと思う。だからもう、6~7年前の話だ。

新政府の役人に指名されて活躍しているらしいのをその数年後、噂で聞いた。大久保さんという人の下で頑張っているみたいだった。



「それから、随分たってから、またふらっとここに顔を出してくれはって。今から江戸・・・今はもう東京どしたな。東京へ向かうから当分顔を出せなくなるから、と挨拶に来はって」

「坂本はんをあないな形で失って、どないしてんのやろ思うとりましたら、彼は一人で乗り越えはったんやな」

「立派な若い志士の顔で、彼の遺志をついで新政府の一員としてやっていく覚悟ができた、て言うたはりました」





「そうどすか・・・・」
「翔太くん・・・・一人で、辛かっただろうな・・・」

私はうっすらと涙が滲んできて、瞬きをしてそれを堪えた。



「その時、ようやく、あんさんらがどこに居てるか教えてくらはったんどす」
「もう京には来れないかもしれないから、何かの時は○○はんをお願いしますって、あてに頼んでいかはったんや」

「・・・っ」

その言葉を聞いたらもう涙を堪えることができなかった。


大切な、大好きな、幼馴染。10年以上前に別れて以来一度も会えないまま、一人でどんどん先に行ってしまった。

今さらながら彼の優しさが身にしみて来て、涙が頬を伝うのを止められない。



「・・・・翔太はんにも、また会えますよって。そない泣いてたらまた心配かけまっせ?」

俊太郎さまは泣きじゃくる私の頭をぽんぽんと叩いて、宥めてくれる。秋斉さんも優しい瞳で私を見つめている。


「はい・・・」


「○○はん、今、幸せなんやな・・・」

ぽつりと秋斉さんが言った。その表情は寂しくも嬉しくもあるような顔で、でもやっぱり嬉しそうで。




「あんさんが、幸せに笑っとるなら、皆も笑ってられるんや」
「・・・・慶喜はんもやっと安心できるやろう。古高はんのこと、えらい気にしてはったさかい」

「慶喜公が・・? 滅相もあらしまへんよって・・・」

俊太郎さまが慌てて手を振るけど、秋斉さんはふっと笑うだけで話を続けた。



「○○はん、あんさんが死に物狂いで、あの時代を駆け抜けて行かはったから・・・・」
「あてらも負けてられへんって震い立てたんや」


「・・・・・・・・」
「そんなこと・・・っ」


「ほんまのことや。わてもあんさんに影響された内の一人やさかい。あんさんのあないな姿見せられたら、じっとしてられへんわ」

「秋斉さん・・・・」


そう言って、秋斉さんは苦笑を浮かべる。慶喜さんは・・・・秋斉さんは、あの後どれだけ大変だったんだろう。


私はあの時、俊太郎さまを助けたいという思いだけに突き動かされていた。ただ彼の事だけを思って。

でも翔太くんや慶喜さん達は自分の感情だけじゃなく、この国の未来を思い奔走していた。
なのに、ちっぽけな私の事をこんな風に思っていてくれた。この事が申し訳なくて嬉しくて・・・・しばらく頬が乾くことはなかった。




それから色んな話をして昼見せの時間が近付いている事に気付き、名残惜しい気持ちで腰を上げる。
優しい穏やかな笑顔の秋斉さんに見送られて、暖簾を押して出て行く。でも、もう涙に濡れることはなかった。

想いを伝えあって10年の時を少しだけ埋められた気がした。それに今はいつでも訪ねてくることができる。近いうちに子供達とまた訪れることを約束して置屋を後にした。


来た時とはまったく違う気持ちで島原の大門を出て行く。今まで胸につかえていた物がとれたような晴れやかな気分だった。



「慶喜公にも、藍屋はんにも、翔太はんにも、いっぱい助けられとりましたな・・・」
「ほんとに・・・。どれだけの人に助けられて今があるのか・・・、もっともっと幸せにならないといけませんね・・・」

「ははっ。そうどすなぁ・・・これまで以上に○○を愛したらなあきまへんな・・・・」
「さしずめ、今宵・・・・・」

「っ!? そっ、そういう意味じゃなくてですね!?」
「まあ、そない遠慮しいひんと」

「遠慮しときますよっ!」
「嫌よ嫌よも、好きの内言いますしな」
「なっ・・・!?」

楽しそうに笑う俊太郎さまに、真っ赤な顔で抗議しながら、俊太郎さまと手を繋いで、今度こそ嵐山を目指して歩いて行った。




第三章へつづく