リアル本日2014年4月14日 

診察日、抗がん剤TS-1、3クール目に入ります

朝8時半から採血、血液検査結果を待って名前を

呼ばれたのは11時50分

それから調剤で薬をもらったのは13時半でした

この話はまた後程ということで

今日も過去のことを振り返ります



2014年1月25日

術後3日目


今日も午前中3往復 午後4往復歩いた

でもまだちょっときつい!


鼻からの栄養剤は朝、昼、夕と一日三食

看護師さんが豆乳の味がすると言うので最初に

匂いをかがせてもらったら全く豆乳の匂いだ

皆さんもそうなのかな?

同室の人が食事をとるのと同時に私は豆乳の点滴!

腸の中に流れるのがわかるぐらいで、あまり気持ちの

いいものではない

水分はまだ暫くダメみたいだ


2014年4月26日

術後4日目


午前5往復 午後7往復

少しは楽になってきたようだ

豆乳点滴も完食!


2014年4月27日

術後5日目


午前9往復 午後8往復

術後初めて少しだがウンチが出る、少し安心だけど

肛門が痔の時のように痛かった!


2014年4月28日

術後6日目


午前7往復 午後6往復

かなり元気が出てきた

ウンチが固形らしくなってきた(一日3回)

しかし栄養剤の点滴豆乳が匂いが上がってきて

少々嫌になってきた 気持ち悪いぐらい

看護師さんが豆乳を持ってくるたびに「また来た~」

って感じで憂鬱になったけど仕方ない


まだ病院食もまだだし、水も飲めない状況

早く水だけでも飲みたいよ

水分が取れないのはつらいな


相変わらず回診の終わってから友達(点滴棒)連れて

歩く運動  午後も歩く運動、私の部屋は端っこで

ここのフロアーは端から端まで歩くとたぶん100Mは

あると思う、患者さんの中には病院の隅から隅まで

歩いたって人がいたけど私は風邪とか菌を貰うのが

嫌だったので病室のフロアーだけにした

歩いた後はテレビで水戸黄門をみて夕方からニュース

番組を見る毎日!消灯後も相変わらずテレビを見て

時間をつぶしている


夜は相変わらず痰との戦いで寝れない毎日が続いている

いつまでこんなことが続くのだろう。。。






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ブログの話


私は癌告知を受けてから胃癌についてのブログやhpを

読みあさった、とにかく全く無知だったから情報や知識を

得たかった


知識については頭の悪い私にも何度も読み返して少しは

理解したように思える(ただ忘れるのも早いけど)


問題なのは胃癌と向き合ってる人たちのブログ

人それぞれ自分の置かれている状況と真剣に向き合ってる

のが十分すぎるほどわかります


私のステージ以上の方がもう何年も普通の生活をしている人や

悪いなりに明るく生活してる人達、

これはかなり自分にとって勇気につながります


それでも中にはブログを途中で更新しなくなった人

これは何らかの事情があるのでしょう

またブログをあけたとたんに 「亡くなりました」

と遺族の方がお礼の挨拶をされている方

ブログの中でブロ友さんの〇〇さんが旅立たれましたとか

自分の最後を悟ったかのように本人自ら挨拶を

されてる方

これは読んでてほんとつらいです。。。

見たくなかったというのが本音かもしれません


どうしてもこれからの自分がだぶってしまうのです

自分もいつかこうなってしまうのではないかと。。。

辛いです 恐いです


でも自分がこうやって胃癌の手術をし、癌と向き合う

生活を余儀なくされ 5年生存を目指すものにとって

避けては通れない事なのか。。。

目を背けることなんでできないのか。。。

亡くなった方の分まで自分が生き抜く勇気を持たなけ

ればならないのか。。。


こうやって自分のブログを立ち上げましたが

ほんとによかったか疑問に感じます







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2014年1月24日


術後2日目


昨日は痛くて痛くてベットで動けず一日天井を

眺めていた こういう時尿のドレン管は便利かも


今日は昨日ほど体も痛くないので、何とか歩か

なきゃと思う。食事もないし、水分も取れないし

とりあえず歩くのは10時の回診が終わってから

にしよう。

周りが食事してる、何ともうらやましい(この時は

まだ美味しい匂いがしていた)


ちなみに日頃の習慣で夜明けぐらいに目が覚める

ベッドは窓際なので街が明るくなっていく景色を

眺めながら雑誌を読む。この時間帯の景色は

実に綺麗だ。


回診が終りさて歩こうと 体を起こそうとするのだが

切った腹筋が何とも痛くて起こせない。

上半身を横にして足をベットから床に下げて、自然の

力を利用して何とか起き上がることが出来た。

術後初めてのことだ。でもまだ体は痛い。


友達(点滴棒)を連れて廊下に出るが、なんとなく

頭もボーっとしている。廊下の手すりにつかまりながら

何とか歩くが、もうお年寄りの大病人って感じだ!

そろそろとしか歩けない!何とも病人の自覚をここでも

することになる。


病棟の廊下を午前中3往復 午後3往復

これが精いっぱいだった。


まだまだウンチの出る兆候もなし!オナラも無しの状況だ。


夕方というか毎日の日課になっていくのだが、暇すぎて

水戸黄門を見る、そして夕方のニュース番組を見る。


消灯は9時、何とも早い時間だ

普段は10時以降に仕事から帰り寝るのは12時過ぎてからだ

急に9時と言っても全く無理だ、4人部屋のほかの患者は

みんな寝てしまう 私一人寝れずにテレビを見ている


実はこの日からなんだけど 夜中にのどに痰が詰まる

痰を出そうと咳をしようとするとお腹に激痛が。。。

看護師はお腹を押さえて咳をすると出しやすいと言うので

腹帯の上から両手で挟み込むようにして咳をするのだけど

何ともお腹が痛い でも何とか痰が出てくれる

これはかなりつらくて朝まで寝れない!

たぶん同室の方にはかなり迷惑をかけたと思う

ティッシュも一晩でひと箱近く使っていた

また寝れない夜が続くのだ。


同室の人は結構睡眠薬を貰っていたのだが、咳のことも

あるし退院後に薬飲まないと寝れない生活になると嫌なので

薬は一度も貰わなかった。

でもやはり10分寝て目が覚めることの繰り返し!

何ともつらい夜の始まりだ。


このことがあってから腹帯はきつくはめてもらうようにした。










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2014年1月23日


手術翌日


手術翌日の朝、私はまだ集中治療室にいた

起きてはいたけど何も考えずひたすら天井を見てるだけ


そうこうしてるうちに看護師さんたちが来て、病室に

戻りますよとベットごと一つ上の階の病室に運んでくれた

4人部屋の隣の人は昨日までジーンズはいてうろうろして

たのに もう手術って感じで見ていた


この時の状況は背中に管、両方の鼻の穴に管、首に点滴の針

お腹にドレン管3本、そして尿のドレン管 計8本の管がつなが

っていた  普通じゃないですよね


体はドーンとして昨夜同様天井を眺めているだけで何も

考える余裕もなし!あっちこっちが痛くて体を動かす余裕

もない 仰向けに寝てるだけだった


10時になって回診の時間で先生が背中の管と左の鼻の

管をとってくれた これは少しは楽になったと思う

先生は腸が異常な定着をしないようにするため「歩きなさい」

と言う、でも開腹してる為、首を少しあげただけでお腹が痛い!

とても起きれる状態じゃないし、痛くてそんな気持ちになれない

この日は一日ベットで天井を眺めていた


そして、まだ水分はとれないのだけど、とにかく口が乾く!

口の中がカラカラで喋るのも声を出すのに苦労するほどだ

看護師さんが来てくれると口の中を濡れたガーゼで何回も拭い

てもらった

ちなみに聞くと唾は飲んでもいいらしいけど、なんの気休めにも

ならなかった


それと尿管、初めての経験だけどこれは勝手にオシッコが出て

きて、これは楽だなと思った でもあそこに管が入ってる状態

は見ることもできず、T字帯をはめた哀れな下半身を見ることも

出来なかった。


とにかくあそこのドレン管だけは早くとってもらいたかった、

看護師に聞くとトイレに行けるようになればとりますよ

と言ったので、明日は歩く練習をしようと思った。


当然食事もなく点滴だけの一日でした


つづく






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私の胃の話


私は35歳の時に勤めていた会社を辞めて独立しました

つまり自営です

始めたばかりで 仕事が沢山あったわけでもなく、家族

の為にとかなりハードに働いていました


40歳前後のころは胃が痛くなったり、胸やけがひどく

なったりでいつも胃薬を持ち歩いていました

たまたま会社の近くに内科医があったので、胃のレントゲン

とかやってもらって、軽い十二指腸潰瘍とか、軽い胃潰瘍

と言われてストレスをためないようにって言われていました


会社の場所も変わり、自宅から近くの内科医(術前まで行って

たかかりつけ医院)にかかるようになり、やはり胃のことは心配

だったので毎年胃カメラをやってもらってました

まだその頃は毎回異常無しです


4・5年そういう検査をやってましたが、先生から胃カメラは

毎年やらなくていいですよ、市の補助のある胃のレントゲン

でいいですよ と言われそれから毎年胃のレントゲン

(バリウム)をやるようになりました


毎年きちんと受けていましたが、結果今回の進行癌発見

です。何ともやりきれないと言うか、そのまま毎年胃カメラ

やっておけばよかったんじゃないかと思いました。


かかりつけの病院も以前から変えたいと思っていましたが

いろんな事情がありまして、変えずにいました


今は変えなかったことは後悔してますが、こうなった以上

前向きに生きていきたいと思います。


次回は術後の話をしようと思います



 




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体重の話


体重は現在65キロぐらい

手術前73キロ

約8キロ減りました

元々身長もさほど高くないので適正体重に

なったということです

主治医の先生からも術前の説明で「適正な

体重になるよ」って言われてました


実は術前2年前は78キロでした


その頃はオーバーウェイトだったので減量するべく

犬を飼い、朝散歩をすることにしました

毎日散歩に40分ぐらい歩いて2年が経過し

自分では順調に減量してきたと思ってました

つまり術前まで5キロ痩せた計算


さすが散歩のおかげ、ワンコのおかげと思って

いたけど実は違ってたんですね


今考えると体重が減ったのは癌になっていたから

だと思います

癌のステージから考えてそのぐらいじゃないかと。。。


友達から「痩せたんじゃない?」って声かけられて

自慢げにワンコの話をしてたけど 実は違ってた


毎年胃癌検診やっててもかかりつけの病院によって

運命が左右される

違う病院だったらどうだったか。。。。


せめて1年前に胃カメラやってたらステージは

変わってたかもしれない!


これも私の運命なのか。。。。








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身内のこと


私には85歳を過ぎた母親と姉が一人いる


今回の手術のことを話すべきかどうか迷っていた

考えた末言わないことにした


まずは死ぬわけではない事


年老いた母親にとても言えなかったし 癌と話せば

母親も動揺するに決まっている


姉、姉はここ数年母親にも会いに来ない状況

特に体が悪いわけではないのに。。。。

で、姉にも言わないと決めた!


万が一再発するようなことがあれば、その時は

話そう


家族は家内と二人の息子がいるが 当然話さなきゃ

ならないので話をした 後、義母にも









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2014年1月22日


何とか手術は終わった


集中治療室で眠れない一晩を過ごしたが

天井を眺めながら体の痛みと言うか動かない

体を動かしたいなんて欲求にもかられず

ただただ同じ姿勢で何も考えることもなく

天井を眺めていた。。。。


思ったのは人生いろいろだけど、えらいことに

なってしまったなぁ~ 

なんで私が選ばれてしまったんだろう。。。 

これからどうなるんだろう。。。

私の運命はどうなっていくんだろう。。。

仕事は、家族は。。。

と言う思いだけ。。。。


体にはあっちこっちいろんな管がついていて

それを見る気持ちにもならない

手術室に入るときはパジャマだったけど

今は持ってきた浴衣にT字帯、腹帯だ

手術中はたぶん裸だったんだろうなぁと思う

ほんとに病人になってしまった(当たり前なのだが)


ちょうど壁の時計が見えるのだけど

寝たなって思って目が覚めるけど5分ぐらい

しかたっていない、こんなことの繰り返しで

朝方やっと眠りについたと思う。。。 


つらい一晩だった。。。。

こんな思いは二度としたくない。。。

最悪。。。





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2014年1月22日


中に入ると廊下に面して20番ぐらいの数字まで

見える、この手術室の多さにはちょっとビックリ!

手術室に入り看護師さんとか挨拶に

きてくれた、さすが男性の看護師さんが多い

「安心して」とか「大丈夫ですよ」と言ってくれるけど

もう「まな板の鯉」状態


手術台に横になりまずは背中に麻酔

エビのような格好になっていると主治医の

先生がにこっと笑って挨拶

先生に「宜しくお願いします」


すぐに意識は無くなりどのぐらいたったのだろう。。。

名前を呼ばれて目が覚めた

この日は集中治療室で一泊するらしい

体中管だらけ、もう身動きもとれないぐらい

というか体中痛くて体は動かない

ただ天井を眺めていた


そうこうしてると家内がやってきて

手術は5時間ぐらいかかったらしい

その間ずっとまっててくれた家内に感謝・感謝

もう10時近かったような気がします。


手術は成功しましたって言葉で一安心

でも全く寝れない!ひたすら天井を見てるだけ

看護師さんが定期的にきてはお腹のガーゼを

はがして状況を見に来てくれる


自分の置かれている状況が凄いことになっていた!


つづく




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2014年1月22日


手術当日1


いよいよ手術の日がやってきた

手術は午後1時半からだ

なにも食べれないし、落ち着かない


悪く表現すれば刑の執行を待つような心境

今まで入院手術の経験がないから余計に

そんな心配にかられる

開腹して自分の臓器がなくなるのだ

なんだか料理されるような、まな板の鯉の

心境のような複雑な思いだ


昼近く家内がやってきた

浴衣、T字帯、腹帯など必要なものを紙袋に

準備し 足に白いタイツみたいなのをはいた

これは何かを防止するものらしい

(聞いたけど忘れた)


時計は1時半をとうに過ぎている

でも一向に呼びに来ない

聞いてみると午前の手術が長引いているらしい

ここの病院の手術室は20近くあるのになぁ


ただただ待つのみ

呼びに来てくれたのは3時半ぐらいだったろうか

いよいよって感じで看護師さんに連れられて

階下の手術フロアーにエレベーターで降りた


ほかの人のブログだと車いすに乗せられて

ってあったけど、私は歩いて行きました


手術室の扉はテレビドラマで見るのと同じような

扉で、扉の奥はもう未知の世界でした


つづく





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