●その10 誰も知らない30歳の一大決心 | 橘りべか【旧ブログ→新ブログへ引っ越し中】

30歳で、私がオランダへ行くことになった

転機となった出来事を綴っています


初めての方は、コチラから順番にどうぞ。

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私がオランダへ行った理由<プロローグ>

その1 誰も知らない30歳の一大決心

その2 誰も知らない30歳の一大決心

その3 誰も知らない30歳の一大決心
その4 誰も知らない30歳の一大決心

その5 誰も知らない30歳の一大決心

その6 誰も知らない30歳の一大決心

その7 誰も知らない30歳の一大決心

その8 誰も知らない30歳の一大決心

その9 誰も知らない30歳の一大決心



橘りべかの【33歳からの天職へ転職の法則】


その催眠療法の後は、特にもう一度受けるといった機会はありませんでした。

もしかしたら心の底では、「今の私が持っている感情とは全く別のものが出てくるかもしれない」という

よくわからないものへの恐れのようなものがあり、その催眠療法での出来事を時間とともに

忘れることによってどこか無意識的に、遠ざけていたのではと今では思います。



しかし遠ざけているものは、いつか違う時に形となって自分の元へとやってくるのかも知れません。

そしてそれは催眠療法から数年後の30歳の時、私がある英語の子供クラスを教えていたときに

それは突然やってきました。



当時私は、0歳児から12歳までのクラスを担当していた私は前職でも同じように教える仕事をしていたので

私にとって、とても好きな仕事であり、得意である分野でもありました。



ところがいつも通り0歳児、1歳児のクラスを担当していると、突然無性に不安な気持ちが

授業中におそってくるようになったのです。胸の奥底から込み上げてくる、とある感情が

次には体にも表れ始め、最終的には授業中に声が出なくなるというものでした。



言葉を教える授業ですから、声が出ないのは致命的です。しかし、風邪をひいていて喉を痛めていた訳では

ありません。物理的に出ないというよりも、授業中に親子に話しかけようとすると、のどのあたりが苦しくなって

悲しい気持ちも一緒にやってくるという一種のパニックのような状態でした。



それはちょうど、何かを話そうと思ったら、感情が込み上げてきて涙が出て、言葉にならない声になる

そんな状態でした。授業中に訳のわからない理由で泣くわけにはいかないわと理性的な感情も

かろうじて保たれていた私は、ずいぶんいつもの様子と違ったようでした。



あまりにも顔をこわばらせた状態で授業をしているので、他の講師がどうしたの?何かあったの?と

心配してくれます。しかし、まったく思い当たる理由のなかった私は、「大丈夫」と小さくささやくだけで

精いっぱいでした。



ところが一方3歳以上のクラスでは、その反応は起きることなく通常通りに授業をこなすことができるのです。

決まって言葉が出なくなるのは、親子が一緒のクラスのときのみです。そして、自分でもコントロール

できないくらいに悲しい気持ちがおそってくるのです。



「どうして私には子供がいないのだろう」



しかし冷静に考えてみると当時私は独身でしたし、結婚も考えてなく、そのような思いが出てくる

心当たりは全くない状態です。そしてその数年前の催眠療法での出来事もすっかり忘れてしまっていたので、

私がどこか感情的に敏感になってるのかしら・・・それぐらいに考えていました。



とにかく、話が出来なくてはクラスが続行できないので、緊急に私が他の3歳児以上のクラスに入り

0歳児・1歳児クラスの講師交代してもらうようにしました。すると、その時までの感情の波は収まり、

いつもどおりにスムーズに授業を進めることができたのです。



違いは、そのクラスに母親が付き添いで教室の後ろにいるかいないかでした。ただそれだけです。

「きっと、仕事が忙しすぎてストレスでもかかって情緒が不安定になっているだけだわ」

そんな矢先での、肺炎での入院、妊娠の判明だったのです。



その11 誰も知らない30歳の一大決心 ・・・つづく・・・




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~撮影・バリ島 by Ribeka~