未履修のあおりとアイスオーレ-20110410104916.jpg
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
桜が咲くと、春が来た、って気分になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
リアソール、並びにFCたんぼのチームメートの皆さん、そしてこの記事を読んでいる方々、ご無事でしょうか。



先週末に起きた大地震の被害で、今も被災地では深刻な状況が続き、日を追う毎に明らかになる惨状や、現地の過酷な環境をニュース等で見聞きする度、ナーバスな気持ちになってしまいます。

親戚や友人、知り合いの方が被害に遭われた、という方もいらっしゃると思います。










僕が生活する神奈川県横浜を含め、関東の首都圏エリアでは、震災による直接的な被害は少ないまでも、地震発生時には交通機関が完全にストップし、多くの人が帰宅困難者となりました。通信回線も混雑し、都市は大混乱に陥りました。



現在、輪番停電による交通機関の乱れ等はあるものの、都市機能の維持はなんとか図れている状態です。



しかし、首都圏の被害が相対的に少ないのに対して、被災地については救援物資の不足等が伝えられており、そうしたニュースがまた、日常に限りなく近い生活を送れてしまっている首都圏の人間としては、歯痒い気持ちにさせられます。






物資の不足の原因は数の問題ではなく、輸送力の問題だというのが、本質の様です。
大きく関わっているのが、ガソリン等の燃料の問題。ガソリンの給油所が関東や東北の一部でどこも混雑していて、被災地に物資を送るのに本当に必要な輸送力が低下している。


確かに、都心部は交通網が今も不安定な状態で、関東や東北、ともに今でも大小様々な余震が続いていて、不安感があるのは事実です。燃料の確保に人が殺到するのは、仕方のないことの様に思えます。


しかし、その燃料が、果たして今本当に必要なのかどうかを、全ての人が熟考した上で、給油所に並んでいるのかは、正直疑問です。

同じ事は、食料品等の買い占めにも言えます。あるいは、電気の使い方。







全ての事に、優先順位をつけるのは難しいです。不安感が簡単に拭えないのも、事実です。実際に、昨晩は静岡でかなり大きな地震もありましたし、停電により電気のない時間帯を過ごさなければならない、そういった不便さもあります。もちろん、被災地に比べれば、なんて事はないのかもしれませんが、医療施設や鉄道等は、それこそ電気の存在は命に関わる問題ですから、悪戯に比較する事はできません。
ここへきて、原子力発電所に関するニュースも増えています。放射能の問題は、もちろん避難を強いられる周辺住民の方々の苦労や不安もさることながら、当然にその地域だけの問題ではありません。






幸いにも、今のところ大きな被害を受けていない、無力な一市民の僕達に、できる事は本当に、限られています。
それでも、何もできない訳ではないと思うし、何かができると思い込んででも、やる価値があると思うのです。





無用なガソリンの消費はしない。必要性をよく考えもせずに、並ぶようなことはしない。

食料品の買い占めを控える。むしろ、廃棄を減らすために、生ものをありがたく、頂く。保存食は、最低限に。

都市機能の維持のため、停電に協力する。そのための対策をする。

そして、無用な情報の流布や、煽りやデマを発信しない。隣り近所と揉めている場合ではないし、人に不安を与えるような事をしない。






できる事は、常に「想像」する事。
そして自分と、自分のすぐ近くの人達を想う事。



被災地の事を想像したら、それだけで控えられる事があるはず。


自分達の地域が被災する事を想像したら、それだけで本当に必要なものがわかるはず。


自分が被災者になる不安を想像すれば、正確な情報や他人の優しさの大切さが、わかるはず。




見えないものを想うのは難しい事ですが、すぐ近くの誰かや何かに想いを向けてみるだけで、感じ方は大きく変わるはず。

例えば同じ首都圏にだって、電車がなければ家に帰りつけない人は沢山いるし、そういうエリアがすぐ近くにあるのは事実。

例えば同じ街の中にだって、医療介護の助けがなければ日常生活が送れない人が沢山いるし、そういう人が家族や親戚、友人や知り合いにいる方だって多いはず。

中には、現在被災地で救助活動を行っている自衛隊や消防・警察、あるいは東京電力をはじめとする電力会社、その他僕達の生活を維持するために、最前線で汗水を垂らしている方々が、親族や知人にいるという方だって、沢山いらっしゃるはず。











僕個人、どうしても気持ちがナーバスになりがちですが、今はそんな思考で、どうにか今の状況と向き合いながら、やっていきたいと思います。

「想像」なんて、誰にでもできるし、そんなのは被災地にとっては現実的には何の役にも立たないと分かってはいますし、無力な自分を正当化してるだけだとか、卑屈になればどこまでだってなれますが、それでも、「想像」する力が、ほんの少しの「配慮」があるだけで、変わることが確かにあると、それはもう確信に近い感覚で、僕は思っているのです。





今は、そんな事を思うのです。





長文、失礼しました。
未履修のあおりとアイスオーレ-90390f6d9d75524ab983d269ddd95a17.jpg









「ありがとう」が
咄嗟に言えないのが 男の子で





「ごめんね」が
なかなか言えないのが 女の子












なんて
よく聞くけれど


本当にそうだなぁと
つくづく思うのです
















もっと素直に
「ありがとう」が言えたら



もっと素直に
「ごめんね」が言えたら









もっと素直になれたら
上手くいくのかもしれない

















でも

そうもいかないのが
難しいところで

















「大丈夫」と
言い聞かせるのは





とても簡単な事だけれど。





















 
 
 
春みたいな暖かさですね、今日は。
 
 
 
いつもより薄着して出掛けよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
未履修のあおりとアイスオーレ-20110225080629.jpg
 
 
 
 
最近、朝に必ず聴く曲。
 
 
テンション上がります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
未履修のあおりとアイスオーレ-049620d52e2ea81cf427aeb2548f6fbe.jpg
 
 
 


チャットモンチーの「染まるよ」を
 
 
 
夜 外を歩く時に
 
聴くのが好きだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


聴く時間帯だとか
 
場所によって
 
聴こえ方が 全然違うから
 
不思議
 
 
 
 
 
 
 
 
 





音楽って大切だ