安全な選択ばかりをしてきたつもりはないけれど、大胆な選択をした事は思い出せる限り、これまで数える程しかない。
その所為かどうかは判らないし、その所為にするのは何だかとても無責任な事だと判ってはいるのだけれど、如何せん今振り返れば、曖昧な返事と無難な選択を積み重ねてきた自分を恨まざるを得ない。
ただその繰り返しの果てに立っているのは、紛れもなく今の自分の姿だし、その事が余計に気持ちをじりじりとした物にしているというのもまた確かな事実であるから、その是非や功罪を問うたりする事は妥当ではないのだ、きっと恐らく。
確かめる事や照らし合わせる事が何かを解決する手段にはならないだろうけれど、同じ様な後悔を避けるために、できる限りの事を今すぐにでもやるべきなのだ。多分。
きっと、恐らく、多分、の羅列が続いても、それが決定を遅らせる理由にはならない事は、もう今や明らかだ。
きっと、恐らく、多分、大丈夫。確かめに、行こう。
