未履修のあおりとアイスオーレ-20091125164926.jpg


どんなに嫌でも、避けては通れないモノってありますよね。例えば小学校のテストとか、予防接種の注射とか、思春期とか、失恋とか。

そういうモノって、確かにその時は嫌で嫌で仕方ないんだけど、後から振り返ってみれば、あの時やっといてよかったなぁみたいにして、往々にしていい経験になってたりするものですね。

ただそれを避けて通れないのは、嫌な思いをしてでもやる価値があるからです。その時は嫌でも、後から考えたら価値があるモノだから。

それを選ぶ権利は若かりし頃の僕等にはあって無い様なもので、言うなれば選択するか否かの議論よりも、ずっと確実に価値があるモノが得られるからこそ、それは避けて通れない訳です。


最近思うのだけれど

選択の余地もなく、選ばされている事、あるいは無意識に選んでしまっている事が、今周りには多すぎる気がする。それによって引き起こされる弊害も容易に想像がつくというのに、どうしてそれを避ける事ができないんだろう。

それを避けたくて、不必要なモノと解っていても、半ば強制的にそれは流れ込んでくる。望んでもいない情報の受信や人との接触は、一人の力ではどうにもならない所で進み、手に取るまで知る事はできない。



世の中便利になったけど、望まないモノまで手に入ってしまうし、それは簡単に一人一人の暮らしの中に入り込んでくる。そういうモノを一つ一つ、選んだり捨てたりできたらいいのに。