ニンゲンは社会的な生き物で、他者との直接的な関わりや、他者によりもたらされる相対的な評価によって存在価値を見出し、社会的に自立する。
言語は基、思想や哲学や宗教は、ニンゲンが社会的である為の概念であり、自我を保つ為のツールでもある。
ニンゲンは絶対的な存在にはなり得ない。
って、昔社会心理学だか哲学だかなんかで習った。
あの教授の講義は、教授の有り難いお話と、それを熱心に聴く学生との関係が成立して初めて、意義が生まれる。
熱心な学生ではなかったとはいえ、僕が教授の話を記憶の片隅に留めていた事は、あの講義の意義を保つには事足りるだろうか?
なんてくだらない考えも、綺麗な景色を見ていると、どうでもよくなってしまう。
景色は絶対的だ。誰に見られようが、その景色自体が変化する事はない。受け止め方が異なるだけだ。
最近、何だかあまり、物事を深く考えたくない。
哲学なんか、クソ食らえだ。
