掴めども掴めども、掴んでいる感覚がなく。
見ているものは実際、蜃気楼を見ているのかもしれない。
聞こえるものすべてが幻聴ではないか。
まるで五感が閉ざされているかのようだ。
そんな状態で宙に吊らされたみたいなふわふわした気持ちで二時間ごとのメールで現実に引き戻される。
不覚。
この一言でこと足りる。
そして、まだまだ若いんだなぁとしみじみ思う。
こんな気持ちがまだあったことに驚かされた。
そんなものと思っていたものはとうの昔にどこかへ置いてきた。
いや、置いてきたはずだったのかもしれない。
あるいは知らぬ間に引きずって来たのかもしれない。
どちらにせよ、今この手に握っているものははまぎれもなくそれである。
正直、自分には“宝の持ち腐れ”のような気がする。
ただ、人との繋がりを大切にしようと思っている時期だからこそ、
このご厚意を精一杯やってみようと思います。
今は気楽にの一言に救われています(笑)
生活のリズムを崩さないようにまるで積み木を組み立てるかのようにそっと積み重ねた感じがします。
これからどんな風になるのかわからないけど、
キリスト教でもないけれど、
どーか、神の御加護がありますよーに。