皆様、
こんにちは。
今日はですね、
少し、
お話ししたいことがあります。
それは、
本当に小さなことなんです。
でも、
私にとっては、
大事件だったりします。
たとえば、
朝起きて、
カーテンを開けたとき。
ふと、
「あ、今日からブログを始めよう」
そう思ったんです。
本当に、
ただそれだけの話です。
では、いったい、
なぜそんなことを思ったのでしょうか。
それは、
日々の記録を、
残したかったからです。
自分の人生の足跡を、
形にしたかったのです。
そう、
『自己表現』(じこひょうげん)というやつです。
難しく聞こえるかもしれません。
でも、
そんな大げさなものではありません。
ただの、
日常の呟きです。
ここで、
少し、話しは変わりますが、
人間というのは、
不思議な生き物です。
何かを始めるとき、
ものすごいエネルギーを、
使いますよね。
たとえば、
部屋の掃除をしようと思い立ったとき。
最初は、
机の上の消しゴムを動かすだけなのに、
気づいたときには、
タンスの裏まで掃除している。
そんな経験、
ありませんか。
あれは、
一体なぜなのでしょうか。
問題は、
そこにあるのです。
人は、
小さな一歩を踏み出すと、
止まれなくなる、
という性質を持っているのです。
つまり、
エンジンがかかってしまうわけです。
それと同じように、
今回のブログもですね。
最初は、
ただの日記のつもりでした。
今日の夕飯は何を食べたとか、
そんなしょうもないことです。
でも、
書き始めると、
止まらなくなるのです。
文字を打つ指が、
勝手に動き出すのです。
まるで、
キーボードに、
意志があるかのように。
これは、
スゴイことです!!
本当に、
驚きです。
では、いったい、
何が起きているのでしょうか。
それは、
自分の中の、
「何か」が目覚めた瞬間なのだと思います。
眠っていた、
表現欲求(ひょうげんよくきゅう)というやつです。
普段は、
仕事や家事に追われて、
忘れているあれです。
心の奥底に眠っている、
熱い思い、
みたいなものです。
そう考えると、
面白いと思いませんか。
ただのブログ開設が、
まるで、
宇宙の始まりのようだ、
と言ったら大げさでしょうか。
でも、
本人にとっては、
それくらいの衝撃なのです。
自分の言葉で、
世界に向かって発信する。
これは、
スゴイことなんです!!
もちろん、
最初は誰も見ていません。
アクセス数は、
見事に「ゼロ」です。
画面の向こうには、
誰もいません。
風の音だけが、
聞こえるようです。
少し、
寂しい気もします。
でも、
問題はそこではありません。
数え切れないほどの、
インターネットの海の中で、
自分の小さな声が、
ぽつんと漂っている。
その事実が、
妙に愛おしいのです。
ここで、
さらに話を広げてみたいと思います。
私たちが生きているこの世界は、
膨大な情報で溢れています。
情報は、
津波のように押し寄せてきます。
SNSを開けば、
キラキラした写真がたくさん流れてきます。
みんな、
充実した毎日を送っているように見えます。
それを見ていると、
自分の生活が、
なんだか小さく思えてきたりします。
「自分なんて、大したことないな」
そう思ってしまう瞬間もあります。
では、いったい、
どうしたらいいのでしょうか。
他人と比べて、
落ち込むしかないのでしょうか。
違います。
そうではないのです。
ここで、
思い出すべきなのが、
今日始めたこのブログです。
他人と比べる必要なんて、
どこにもないのです。
ただ、
自分の言葉で、
自分のペースで、
綴っていけばいいのです。
小さな一歩が、
やがて大きな道になる。
そんな風に、
考えることもできます。
いや、
そう信じたいのです。
少し、
話が大きくなりすぎましたでしょうか。
でも、
大事なことなのだと思います。
小さなブログの始まりが、
人生観を変えるきっかけになるかもしれない。
大袈裟に聞こえるかもしれません。
でも、
人生なんて、
案外そんなものなのですよ。
ふとした思いつきが、
思わぬドラマを生む。
だからこそ、
面白いんです!!
明日には、
飽きているかもしれません。
「やっぱり無理!」と、
投げ出しているかもしれません。
それもまた、
人間らしいと言えるでしょう。
でも、
今日という日は、
確実に私の中に刻まれました。
記念すべき、
第一歩です。
皆様も、
何か新しいことを始めてみませんか。
それは、
散歩かもしれないし、
新しい料理かもしれないし、
私のように、
今さらブログを書くことかもしれません。
どんなことでもいいのです。
重要なのは、
「やってみる」ということなのです。
世界が、
少しだけ違って見えるはずです。
いつもと同じ景色が、
違った色を帯びてくるのです。
それは、
自分の心が、
動いた証拠です。
本当に、
素晴らしいことだと思います。
だから、
これからも、
マイペースに続けていこうと思います。
誰も見ていなくても、
書き続けます。
いつか、
未来の自分がこの文章を読んで、
「あのときは、大騒ぎしていたな」と、
笑ってくれる日を楽しみにしながら。
そう、
自分だけの物語を、
紡いでいくのです。
小さな一歩から、
無限の可能性が広がっていく。
これは、
スゴイことなのです!!
皆様の日常にも、
そんな小さなワクワクが、
訪れますように。
それでは、
また次回の更新で。
……おっと、
まだ2行しか書いていませんでしたが、
今回はこの辺にしておきます。
またお会いしましょう。
…と言いつつ、
本当は、
もう少しだけお話ししたいことがあります。
まだ、
画面を閉じないでくださいね。
少しだけ、
お付き合いいただければと思います。
では、
いったい、
何を話そうというのでしょうか。
それは、
『時間(じかん)』についての話です。
皆様は、
普段、
時間をどのように感じているでしょうか。
「あっという間に一日が過ぎてしまった」
「なんだか、今日は長く感じられた」
そんな風に、
思ったことはないでしょうか。
実は、
時計が刻む時間は、
誰にとっても同じはずです。
1分は60秒ですし、
1日は24時間です。
これは、
誰もが等しく持っている、
共通のルールです。
けれど、
私たちの感じ方は、
どうでしょうか。
楽しい時間を過ごしているときは、
時間は一瞬で過ぎ去っていきます。
逆に、
退屈な授業や、
気まずい待ち時間のときは、
針がまったく進まないように感じます。
ここで、
不思議な疑問が湧いてきます。
では、
一体どちらが、
『本当の時間』なのでしょうか。
時計が示す時間が本物なのでしょうか。
それとも、
私たちが心で感じる時間が、
本物なのでしょうか。
少し、
考えてみてください。
そう考えると、
面白いことに気づきます。
時間は、
客観的に流れているものではないのかもしれません。
私たちは、
時計に動かされているのではなく、
自分の心で時間を創り出している。
そんな風に、
言うこともできるのです。
これは、
スゴイことではないでしょうか。
私たちは、
時間の奴隷(どれい)ではありません。
時間の支配者(しはいしゃ)なのです。
自分の心の持ちようひとつで、
時間は短くもなり、
長くもなる。
輝くこともあれば、
色あせることもある。
すべては、
私たちの心、
『生命状態(せいめいじょうたい)』にかかっているのです。
そう、
すべては心のあり方次第なのです。
では、
もしそうだとしたら、
どうでしょうか。
毎日のルーティン、
つまり、
同じことの繰り返しの日常も、
見方が変わってくるのではないでしょうか。
ただの退屈な通勤電車が、
自分だけの思考の旅の空間に変わる。
ただの皿洗いが、
心を無にする瞑想(めいそう)の時間に変わる。
それって、
とても素敵なことだと思いませんか。
特別な場所に行かなくてもいいのです。
大金を使わなくてもいいのです。
今の、
この瞬間の、
目の前の出来事の見方を変えるだけ。
それだけで、
世界の色がガラリと変わってしまうのです。
これは、
一種の『魔法(まほう)』のようなものです。
誰でも使える、
自分だけの魔法です。
では、
いったい、
どうすればその魔法が使えるのでしょうか。
それは、
『気づく』ということなのです。
今、
自分が何を感じているか。
今、
どんな風に世界を見ているか。
そこに、
ほんの少しだけ、
意識を向けてみる。
それだけでいいのです。
難しく考える必要はありません。
ただ、
「あ、いま自分は疲れているな」と気づく。
「あ、いま空の青さが綺麗だな」と気づく。
その小さな『気づき』の積み重ねが、
私たちの境涯(きょうがい)を、
少しずつ、
確実に広げていくのです。
それは、
まるで、
乾いたスポンジが水を吸い込むようなものです。
私たちの心は、
どんな状況であっても、
新しく生まれ変わることができる。
何歳であっても、
関係ありません。
今日から、
いや、
この瞬間からでも、
始められるのです。
そう考えると、
人生というのは、
なんて自由で、
なんて可能性に満ちているのでしょうか。
私たちは、
もっと自分を解放していいのです。
もっと、
自分の心に素直になっていいのです。
周りの目なんて、
気にしなくていいのです。
だって、
あなたの人生の主役は、
あなたなのだから。
他の誰でもなく、
あなた自身が、
その物語の作者なのですから。
そう思うと、
少し、
勇気が湧いてきませんか。
なんだか、
胸のあたりが、
ポッと温かくなるような気がしませんか。
私は、
そう信じたいのです。
人間には、
無限の力が秘められている。
自分の内側にある宇宙と、
外側にある宇宙は、
本来、
ひとつにつながっている。
昔の偉い哲学者や、
宗教家たちが言っていたことは、
案外、
こういうことだったのかもしれません。
難しい経典を読まなくても、
高い山に登らなくても、
日々の生活のなかに、
真理は転がっている。
足元に咲く、
小さな雑草の中にだって、
宇宙の神秘が宿っている。
そう思えるようになったとき、
私たちは、
本当の意味で『大人』になり、
同時に『子供』に戻るのです。
すべてのことに感動できる、
純粋な子供の心を取り戻すことができる。
これは、
素晴らしいことだとは思いませんか。
だからこそ、
私はこうして、
拙い言葉で文章を綴(つづ)っているのです。
誰かに何かを教えたいわけではありません。
ただ、
自分が感じたこの感動を、
誰かと分かち合いたい。
「ねえ、世界って面白いよ」と、
隣にいるあなたに、
肩を叩いて伝えたい。
ただ、
それだけなのです。
もし、
この長い独り言のような文章を、
ここまで読んでくれた人がいるならば。
私は、
心から感謝を伝えたいと思います。
ありがとうございます。
見知らぬ誰かと、
心の波長がほんの少しだけ重なった。
それだけで、
今日は、
最高の一日だと言えます。
奇跡のような瞬間です。
私たちは、
孤独でありながら、
決して孤独ではない。
どこかで、
誰かと繋がっている。
インターネットという、
冷たい機械の回路を通してではありますが、
その奥にある温かい体温を感じる。
本当に、
すごい時代になったものです。
顔も名前も知らないあなたと、
こうして時間を共有できている。
これって、
考えてみたら、
すごいことですよね。
当たり前のように使っているスマホも、
地球の裏側と繋がっているサーバーも、
すべては人間の知恵と、
優しい想いの結晶です。
そう思うと、
目の前にあるすべてのものが、
愛おしく思えてきます。
パソコンのキーボードも、
マグカップに残ったコーヒーの温もりも、
窓の外を通り過ぎる車の音も。
すべてが、
この世界を形作っている大切なピースなのです。
欠けていいものは、
ひとつもない。
あなたも、
私も、
この世界にとって、
なくてはならない存在なのです。
少し、
スケールが大きくなりすぎましたでしょうか。
でも、
いいのです。
たまには、
宇宙の果てまで思いを馳せるのも、
悪くありません。
むしろ、
それくらい大きな視点を持つことで、
日々の悩みなんて、
ちっぽけなものに見えてくるから不思議です。
「まあ、いっか」
「なんとかなるさ」
そう思える心の余裕が生まれてくる。
それが、
哲学を持つということなのかもしれません。
難しく考える必要は、
どこにもありません。
ただ、
今、
ここに生きていること。
息をしていること。
それだけで、
もう百点満点なのです。
自分を褒めてあげましょう。
よく頑張っているねと、
心の中で声をかけてあげましょう。
誰も褒めてくれなくても、
自分が自分の一番の理解者であればいい。
そうやって、
自分を大切にすることが、
巡り巡って、
周りの人を大切にすることにも繋がっていく。
すべては、
ここから始まります。
小さな部屋の、
小さな机の前から。
あなたと私の、
静かな対話から。
ここから、
世界を変えていくことができる。
大げさではなく、
私は本気でそう思っています。
では、
そろそろ、
本当に文字数の限界が近づいてきたようです。
名残惜しいですが、
今回はこの辺で筆を置くことにします。
また、
気が向いたときに、
ふらっと戻ってきますね。
そのときまで、
皆様、
お元気で。
それぞれの場所で、
それぞれの物語を、
大切に紡いでいってください。
素晴らしい日々が、
あなたを待っています。
それでは、
また。