はんどたおるのブログ -2ページ目

はんどたおるのブログ

日々感じていることをつらつら書いていきます。今からやっておこう認知症予防!

このことが、経済問題を中心に、どのくらいマイナスに作用するのか、ヨーロッパ諸国、日本、そして世界への波及効果はどのくらいあるのか、僕は経済には詳しくないので全く分かりません。

 

出典:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48471

 

 

 

ただ、確実に言えることがあります。

 

 

「世界は確実に悪い方向へ向かっている、しかも加速度的に」

 

 

 

 

 

 

理性的、合理的に判断すれば、誰が考えてもイギリスはEUにとどまるべきでした。

 

でも、イギリス国民はEU離脱を選んだ。

 

 

これは、イギリス国民の半数以上が、“ある傾向を持った劣化した感情の持主”であることを意味します。

(もちろん人によって温度差はありますが)

 

 

 

アメリカの大統領候補ドナルド・トランプが、「メキシコとの国境に壁を作る」と言ったり、イスラム教徒は入国させないと発言したり、そして僕が最もこいつ最低だなと思ったのが、会見に来ていたハンディキャップを持つ人の障がいをからかったり・・・。

 

 

 

出典:www.yukawanet.com

 

 

こんな男に、アメリカ国民の多くが、「よくぞ言ってくれた」と喝采を送っている。

 

 

感情の劣化は、いろんなところで起き、急速に広まっているようです。

 

 

 

誰しも自分が一番かわいい。

 

僕だってそう。

 

自分が不幸になってまで、他人に幸せになってほしいとは思わない。

 

 

胸に手を当てて考えれば、僕にだって差別的な感情はあります。

 

 

でも、「これではいけない」という理性と常に戦っており、差別的意識を持つ自分を恥ずかしいという思いもあります。

 

 

人間とはそういうものだと思っています。

 

 

 

ところが、感情が著しく劣化した人たちと言うのは、自分たちさえ良ければ、他人がどうなろうと全く気にしません。

 

 

その背後には、貧困、恵まれない生活があり、鬱積した不満や怒りを「何か」にぶつけないと気が済まないというのも分かります。

 

 

でも、それでいいのか、このような考え方は間違っているのではないか?と冷静になって考えないといけません。

 

 

 

 

出典:new-mu.seesaa.net

出典:www.chicagotribune.com

 

 

 

 

 

 劣化した感情というのは、どんどんエスカレートしますから、

「自分たちと違う奴らになど価値などない、だから殺しても構わない」という考えにつながる可能性だってあるわけです。

 

 

 

今回のイギリスでは、半数以上の国民が経済や安定より、移民・難民の排斥を選びました。

 

 

もう書く必要もないとは思いますが、“ある傾向をもった人たち”とは、排外的考えに支配されており、ポピュリズムを展開する指導者に簡単に騙される単純さを持ち合わせており、理性より感情を優先する、そしてその自覚が全くない差別主義者のことです。

 

 

 

アメリカ、イギリスだけでなく、日本も同じです。

 

 

移民と難民の区別もつかないくらい人権に無関心で、すぐに感情的になる頭の悪い人が総理大臣として君臨し、高い支持率を誇っている。

 

 

安倍さんを信奉するネトウヨたちは、まさに例の傾向を持った排外主義者、差別主義者ですし、前回の都知事選で田母神氏が60万票以上を獲得したことからも明らかなように、日本も急速に右傾化しています。

 

 

僕は、これは世界的傾向だと考えています。

 

偏狭なナショナリズムの背後には、すでに書いたように排外的、排他的、狭量的、攻撃的な思想があります。

 

 

これが高まったとき、一体何が起きるのか?

 

最悪のシナリオは、誰にでもわかっているはずですが、この世界的潮流はもう止められないでしょう。

さて、憲法の改正と言うと、どうしても9条(とりわけ2項)ばかりに焦点が当てられがちですが、今回は、あえて9条には触れず、自民党が作った草案が、いかにトンデモないものであるかを見ていきたいと思います。

 

 

 

「憲法は一番強い法律」だと勘違いしている人がいますが、憲法は法律ではありません。

 

 

 

刑法、民法などは法律(社会の秩序を守るためのルール)ですから、例えば殺意を持って人を数人殺したら、刑法199条の「殺人罪」に問われ、無期懲役や死刑を課せられるという究極の人権侵害を受けます。

 

 

殺人罪は、国会と言う国家権力が制定し、その者を逮捕、拘束するのは、警察、検察という行政機関で、そこが集めた証拠等を検討し判決を言い渡すのが、裁判所の役割です。

 

 

 

法律とは「国家権力が国民に対し自由や権利を制限する法規」だと言えるでしょう。

 

 

 

さて、じゃあ憲法って何だ?って話になりますよね。

 

大前提として押さえておきたいのは、

 

 

「憲法とは、国が国民に○をしろ、□はするな、△であれ、などと命令するようなものではなく、“国家権力を縛るもの、国家権力が暴走するのを止める役割を持ったもの“だと言うことです。」

 

 

出典:kenpou-jp.norio-de.com

 

自民党の憲法草案は、まずこの大前提に立っていません。(笑)

 

 

イロハのイが間違っているため、国家権力を強め、人権を制限するような前近代的な価値観に立ったろくでもない代物に仕上がっています。

 

 

具体的に少し見ていきます。

 

 

自民党憲法草案 第12

 

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

 

 

 

国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず

 

 

自民党案は、「国民の不断の努力」を要求しており、「努力しないような国民には、自由も権利もないよ」、「濫用なんかしたら取り上げちゃうよ」と言っています。(笑)

 

 

また、

 

自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し

 

 

「責任を持たず、義務を果たさないような奴には、自由も権利もないよ。このことをしっかり自覚しておくように」、とも言っています。

 

 

常に公益及び公の秩序に反してはならない。

 

 

これは怖いですよ。

 

 

例えば安倍さんが、

 

A氏の言動は、目に余るものがある。これらは公益や公の秩序に反する可能性がある」

 

と判断した場合、Aさんの自由は奪われ(国家権力の一つである警察による逮捕)、裁判を受ける権利さえはく奪される可能性があることを示唆しています。

 

 

その他にも、

 

 

 

 

32 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

 

 

24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

 

 

102条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

 

 

 

 

特にヒドいものを幾つか抜き出しました。

 

詳しくコメントしていたら、キリがないので、ざっと触れておきます。

 

 

 

「日の丸に代わる新しい国旗を作ってみる」という団体を作っても、現行憲法では、「表現の自由」や「集会・結社の自由」が保障されているので、何の問題もありません。

 

 

でも、自民党憲法草案には、

 

 

32 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

 

とあるので、内乱予備罪、内乱陰謀罪等で捕まる可能性が出てきます。(笑)

 

 

国旗、国歌を認めないような団体によるデモ、ストライキ、集会は憲法違反。

 

 

出典:etc8.blog.fc2.com

 

 

多様な価値観や多様性を認めることで、国家としての寛容さを示し、永続性を確保するという謙虚な姿勢はみじんもなく、保守、右翼の価値観に合わないものは、憲法違反だと切り捨てる傲慢な態度が透けて見えます。

 

 

 

家族は、互いに助け合わなければならない。

 

 

憲法は道徳の教科書ではないんですけどね。(笑)

 

 

 

「家族がいるにもかかわらず、互いに助け合っていない」との理由で、生活保護の受給を打ち切られる人が増えそうです。

 

 

要は、「生活保護?失業中?母子家庭?国に頼るなよ。族で何とかしろ」と言うことです。

 

出典:blog.goo.ne.jp

 

 

出典:xn--ruqu92eenf16x.co

 

 

現行憲法にも「国民の義務」を定めたものがあるじゃないか、ですか?

 

 

確かに、日本国憲法第3章は、「国民の権利及び義務」について書かれています。

 

 

でも、憲法の権利と義務は並立関係ではなく、権利が義務に優先します。

 

 

憲法は「国家が国民の権利を制限することは許されない」としていますが、どうしても権利を制限しなくてはならない場面が出てくることがあります。

 

その場合に、その例外を認めるために、憲法が定めるのが義務の規定なのです。

 

 

 

具体的に言うと、国民には「財産権」が保障されているので、国は国民の財産を奪うことができません。

 

でも税金を納めてもらわないと、国の運営ができないので、財産権の保障の「例外」として定めたのが納税の「義務」なのです。

 

 

 

 

「教育を受けさせる義務」も同じことです。

 

 

標準的な学校教育を受けなければ、子どもの健全な「成長する権利」が著しく侵害されてしまいます。

 

 

ですから、親が例えばAと言う宗教を信じていて(信教の自由)、そこの教えで「学校には行くな」と言うものがあったとしても、子どもの成長する権利、教育を受ける権利の前では、親の信教の自由は、この際少し引っ込めてください、というのが「教育を受けさせる義務」なのです。

 

 

出典:www.irasutoya.com

 

自民党憲法草案は、国民の権利が義務に優先するという現行憲法の精神を受け継がず、国民の義務が大前提で、それを果たさないと自由も権利も保障しないよ、と国家が国民に命令、いや恫喝しているヒドいものです。

 

 

主権が国民にないようなものは、民主主義国家の憲法ではありません。

 

 

 

徴兵制を考えてみましょう。

 

 

 

現行憲法は、第18条の、

 

「その意に反する苦役に服させられない」

 

また、13条の「すべて国民は、個人として尊重される」

 

に抵触するので徴兵制を成立させることはできません。

 

 

 

ところが、自民党草案は、

 

常に公益及び公の秩序に反してはならない。

 

と書いています。

 

 

安倍さんが戦争をやりたくなって、でも自衛隊だけでは兵力が足りないと考えた。

 

自民党草案によると、「公益、公の秩序」は、国民の人権(生まれながらに手にしているはずの権利)に優先しているので、「国家のため」と言われたら、国民には自由も権利もないことになります。

 

 

「徴兵制度」は、自民党が作った憲法では完全に合憲なので、何の問題もなく成立させることができます。

 

 

 

 

この参院選で、自民党が大勝したら、与党は安倍さん主導による憲法改正へまっしぐら。

 

 

万が一、大敗したら、安倍さんは責任を取って辞めざるを得なくなりますから、そうなると、これまで息を潜めていた自民リベラルの声が大きくなる可能性もあり、共闘して戦った野党との関係性を考えると、非常に面白い展開になりそうで、僕は楽しみにしているのですが。

 

 

二大政党の一翼を担うと期待された(旧)民主党に政権担当能力がなく、多くの国民が失望しました。

 

 

よって、投票するに足る党が見当たらず、仕方なく自民党に入れるという有権者も多いでしょう。

 

 

でも、すでに書いたように、自民大勝は憲法改正に直結します。

 

 

 

あくまで「草案」だと安倍さんは言います。

 

「議論をいただくたたき台の役割を果たしている」とも。

 

 

でも、立憲主義に立脚していないこんな草案の、どこをどう変えたところで、まともな憲法になることなどあり得ません。

洋服を買ったとします。

 

数ある洋服の中で、なぜそれを選んだのか?

 

それは「好きだから」ですよね?

 

 

 

でも、好きだから選んだのではなく、「選んだから好きだ」とする心理学、認知科学の考え方があります。

 

 

 

早稲田大学理工学部の渡邊克巳教授のグループが行った実験をご紹介しましょう。

 

 

被験者(実験を受ける人、この場合は女性)に、異性が映った2枚の写真をみせます。

 

 

 

出典:http://photo-tanakaya.co.jp/

出典:http://ten-navi.com/hacks/resume-9-3839

 

 

「どちらの男性が好きか選んで下さい」と言って、被験者に好きな方を指で指してもらいます。

 

 

一旦、カードを回収し、被験者が選んだカードを示し、「この顔が好きなわけを教えて下さい」と理由を聞きます。

 

 

これを何度も繰り返します。

 

 

 

ここからがキモです。

 

 

10回に一回、回収したカードで、女性被験者が “選んでいない“ 男性のカードを提示し、「この男性のどこが好きなんですか?」と聞きます。

 

 

 

女性はそのカードを選んでいません。

 

ですから、好きな理由など答えられないはずですし、そもそも、「この人のこと選んでいません」と答えそうなものですが、実はほとんどの人が、カードをすり替えられたことに気付かないそうです。

 

 

しかも、気付かなかった女性たちの全員が、これまでと同じように、好きな理由を「堂々と」答えるのです。

 

 

「目がステキ」

「清潔感がある」

「男らしさを感じる」

 

 

選んだのは違うカードの男性の顔で、あなたは、この男性の顔を却下してるんですよ。(笑)

 

 

つまり人間は、明確な自分の基準に基づき、強い意志で何かを選んでいるのではなく、選んでいない(切り捨てた)ものでも、「自分が選んだ」と思うものは、「後付け」でいくつでも理由を述べられると言うことです。

 

 

 

 

・悩んだ挙句、高給ブランドのバッグを買った。

 

・念願のマイカーを手に入れた。

 

 

購入したものが雑誌などで特集されていると、ついつい買ってしまうことってありませんか?

 

すでに、手にしているものなので、それに関する情報など必要ないのに。(笑)

 

 

 

これも、自分が選んだものに対して、

 

「私が下した選択は間違いではなかった」

 

と安心したいんですね。

 

 

 

 

僕の知り合いで、

 

「好きなタイプ?うーん、私を好きだと言ってくれる人」

 

という女性がいます。

 

 

僕には、その気持ちが全く理解できません。

 

そりゃ、「好きです」って言われたら、悪い気はしませんが、(汗)だからと言って、その人を好きになるって・・・どゆこと?

 

 

 

「この人と一緒になれないのなら、死んじゃう!」

 

と言っていた人が、めでたく結婚できて10年もすると、

 

「この人とずっと一緒にいるかと思うと、死にたくなっちゃう!」

 

 

って言ったり。

 

 

つまり、「好き」っていう感情は、

 

 

 

 

あてにならないということです。(笑)