おおさか維新の会の、片山虎之助議員が、19日の党の会合で、
「終盤国会になって地震が起きた。政局の動向に影響を与えるのは確かだ。大変、タイミングのいい地震」
と述べました。
引用:www.sankei.com
その後、自身の発言を撤回し、謝罪しました。
本当は好きなのに、思わず「嫌い」と言ってしまうことはありますよね。
恋人に、
「もう!あなたなんて嫌いよ!」
反抗期の息子が親に、
「うるせーんだよ!ババア!放っておいてくれよ!おめーなんか大嫌いなんだよ!」
でもこれらは、根底に恋愛とか愛情があり、それがもつれたとき、感情をうまく制御できずに、つい相手に逆のことを言ってしまう場合に起こることです。
会合で自分の意見を述べる場面では、感情の高ぶりとか、冷静さを失うといったことはあり得ません。
ですから、片山議員は、“実際にそう思っているから”「タイミングのいい地震」
と言ったのです。
言い間違えたとか、言葉の選び方が適切でなかったとかで済む話ではない。
差別主義者、排外主義者に多い考え方です。
自分(たち)だけが、正しく大切な存在で、他(人)はどうでもいい、無価値で不必要なものだと考える。
これは、他は要らないモノなので、処分(殺し)ても構わないという極端な思想につながります。
600万人のユダヤ人を虐殺したとされるナチスや、KKK(白人至上主義者)などがそうですね。
僕は、このような考え方は、そもそも思想そのものに自己矛盾があると考えています。
在日韓国人、朝鮮人に対しヘイトスピーチを繰り返す連中は、自分たちの主張を通すためには、朝鮮人に対する差別や排外はやむなしと考えます。
でも、もしKKKから、
「汚い黄色いサルめが!お前ら日本人などに生きている価値はない!」
と言われたら、
「黄色人差別だ!白人だけが偉いわけじゃない!」
などと抗議するはずです。
高度に進化した宇宙人が地球にやって来て、
「地球人のような野蛮な存在は、生かしておく意味がないので、せん滅する!」
と、宣告されたら、
「俺たちだって生きていく権利がある!排除するな!」
と声を荒げるでしょう。
要するに、「自分たちだけが正しい」とは、当人がそう言っているだけで、全く根拠のないことが分かります。
自分が相手を差別するのはいいが、自分が差別されるのは許せない、では筋が通りません。
残念なことに、安倍総理は、このようなネトウヨや差別主義者たちから支えられています。
そもそも、おおさか維新の会は、一応野党という立場ですが、実際は安倍さんに極めて近い、与党補完勢力です。
今後は、憲法改正に向けて、力を合わせていくでしょう。
安倍さんは、
「余計なこと言いやがって。」
と思っているでしょうね。
もし片山議員の身内や親族が、地震で亡くなったとしましょう。
そして誰かから
「タイミングのいい地震」
と言われたら、
「この人でなし、てめえには人間らしい心がないのか!」
と、烈火のごとく怒るでしょう。
自分の身に起きたことは、本気で考えるが、熊本の地震は彼にとって、しょせん他人事なのでしょう。
エリートとして生きてきて、特権階級意識が肥大化した結果、国民の命を軽視するような人間になってしまったんでしょうね。
麻生太郎財務大臣が、1979年に初出馬した際、支援者に向けて、
「下々(しもじも)の皆さん」
と呼びかけたことは有名です。
自ら、「自分は特別な存在だ」と宣言しています。
安倍さんの周りには、このようなタイプが多い。
と言うか、安倍さん自らが、このような人間を積極的に自分の周りに配置しています。
おそらく、お坊ちゃま同士、価値観が似ていて話が合うんでしょうね。
ところで、おおさか維新の会の馬場伸幸幹事長は、この後の記者会見で「言葉の言い回しの間違いなので、党内処分は一切ない」としたそうです。
「言葉の言い回しの間違い」?
僕は、政治家にとって、「言葉は命」だと思っています。
自らの政治信条、政策を有権者、国民に伝えるのは「言葉」を使うよりないからです。
言葉の言い回しの間違いなんて言っていたら、政治家は何を言っても良いことになります。
片山さんにしろ、この馬場という議員にしろ、こんな人たちが、我々の血税を使って活動していると考えると、怒りを通り越して悲しくなります
