誰かの体験や気持ちを
深くまで、
聴かせていただく時
 
「その気持ち、わかります」
 という言葉は
 使ってはいけないのだという
 
 
同じ経験をしたわけでは
ないのだから
 
わかるはずがない
 
 
お話を聴かせていただくうえで
わたし自身も、肝に銘じていること。
 
 
 
 
ただ、別々の人生を歩いてきた中で
 
その人とわたしは
 
とてもよく似た景色を
 
見てきたのだろうな、と思う時がある。
 
 
 
 
 
散る桜を見て
湧き上がる感情のような
 
 
夜中に月を見上げて
浮かんだ記憶のような
 
 
夕暮れに不意に立ちのぼる
懐かしさと憧憬のような
 
 
とてもとても抽象的で
言葉にはならない
捉えようとした途端に崩れてしまう、
何か。
 
 
 
 
寂しさ
 
やるせなさ
 
諦め
 
渇望
 
それでも諦めきれなかったこと
 
自由を願う気持ち
 
失ってなお、再生する何か
 
 
 
それらの、破片
 
もっと抽象的で
 
残り香のような
 
ただ、余韻のようなもの。
 
 
 
それを受け取って、感じる。
 
 
 
 
 
言葉にはならないものだから
 
わたしも、言葉で返すことはできない。
 
 
 
ただ、非言語の情報で
伝えることができたら。
 
 
表情で、眼差しで、声の柔らかさで
 
リズムで、間の取り方で
 
空気全体で。
 
 
 
「わたしは、もしかしたら
 
 あなたが見てきたのと
 
 とてもよく似た、景色を
 
 歩いたことがあるかもしれません」
 
 
 
 
その想いだけを
 
瞬間、瞬間をとおして
 
贈ることができたらいいなと思う。
 
 
 
 
 
 
対話をとおして
 
非言語にそっと忍ばせて
 
 
呼吸をあわせて踊るように、
 
 
祈るように。
 
 
 
 
 
 
お越しくださり、
ありがとうございました。
 
明日も、あなたが笑顔でありますように。