小学生だった頃、
金木犀(キンモクセイ)の花言葉が
「追憶」
だということを知りました。
その一致感に、子どもながらに
深く納得して
今もそれを思い出し続けています。
残暑がやわらいで、
空気が少しひんやりしてきた頃に
ひたひたと香りで満たして
数日後の雨に散らされて
さっと消えてゆく
そんな花の香りに
ほかの人たちは、
どんな記憶を重ねるんだろう。
この香りが好きな人も、
嫌いな人も
好きだったのに、
ある時から嫌いになった人も。
わたしが高校生だった頃。
文化祭の準備に明け暮れて、
全力投球した思い出と
それが終わって、力が抜けたような
ぼんやりと虚しさが漂う。
金木犀は
その記憶に
そっと重なる香り。
当時、好きだった人のことも
その後も
わりと長い間、想い続けて
その恋が結局
叶わなかったことも
ぎゅっとまとめて
一緒に、思い起こされるので
なんだか、、、
、
、
、
もう、めんどくさいよね。
めんどい。(2回言った)
もう、気持ちは整理がついて
自分にとって
特別じゃない存在に
なっているはずなのに
条件反射のように
一瞬だけ、思い浮かんで消える。
わだかまりを抱えていた頃は
「胸が締めつけられて切ない」と思ってた。
今はもう、とくに何も思わない。
めんどい。(3回目)
けれど、もし別の見方をするなら
わたしはそれをきっかけにして、
自分が生きてきた
道のりを
再確認したりもする。
失恋の悲しみ以上に
自分が必要とされなかった、痛みが
心の中に残り続けていた。
その人の存在そのものじゃなくて
喪失感だけを、いつまでも
抱えてしまっていた。
そのことを
わたしは
その後の自分の人生で
気づいて、手放して、癒して
何事もなかったかのように
また歩き続けている。
そんな自分を
今日は
褒めてあげようかなと思います。
* * * * * * *
書いていて、途中で
「これ、瑛人の香水みたいなこと言ってないか」
と思ったけれども。
弾き語りするほどのパッションは
私の中には残ってなかったよ。
人生長くなってくると
だいたいのことは
「時が経てばなんとかなる」って
思えるもんね。
時が経ったのに
なかなか忘れられないのは
それだけ
好きだったからなんだよね。
お越しくださり
ありがとうございました。
明日もいい日でありますように。


