昨日の夜はなぜだか眠れなくて
 
夜中の3時くらいまで
考え事をしていた。
 
 
無性に、踏み出すのが怖くて
人と関わるのが怖くて、
それは一体なぜなんだろう。
 
 
やらかしちゃうのが怖いから?
 
コイツ馬鹿だなと思われるのが怖いから?
 
自分の思ったままを口にして
それが、受け入れられないのが怖いから?
 
 
 
ぐるぐるぐるぐる
心の中を注意深く見ていたら、
 
突然、
普段は気づかない奥のほうから
感情が流れ込んできた
 
 
『わたし、
 おじいちゃんとおばあちゃんに
 甘えられなかった。』
 
 
それが悲しかった。
 
 
ずっと。
 
 
 
 
 
のび太くんがおばあちゃんに甘える光景。
 
おじいちゃん子、とか
おばあちゃん子、とか
 
羨ましいな。
 
 
親は、心配から色々と口うるさくても
 
おじいちゃんおばあちゃんは
甘えさせてくれる
受け止めて
味方になってくれる、そんな存在。
 
 
いいなぁ。
 
わたしもそんな風に甘えたかった。
安心できる場所が
小さい頃にほしかったなぁ。
 
 
 
 
わたしは両親と、姉と
4人家族で
 
祖父母は
父方も、母方も
わたしの従姉妹たちと一緒に暮らしていた。
 
 
祖父母から見れば
たまに会うわたしは
「孫」で
 
きっと可愛がってくれていたんだと思う。
だけど「家族」じゃなかったから
 
 
わたしは
たまに会う祖父母に
どう接していいのか、まったくわからなかった。
 
何を話していいかも
わからなくて
黙ってばかりいた。
 
 
微かな記憶を辿れば
きっと祖父母の側もそれは同じで。
きっと不器用な、人たちだった。
 
甘えるなんて
全く、選択肢になかったよ。
 
 
 
おじいちゃん、
おばあちゃん。
 
 
おじいちゃん、
おばあちゃん。
 
 
その先になんて言いたいんだろう?
 
子どもの頃の自分は
なんて言いたいだろう。
 
 
 
「大好き」って言いたかった。たぶん。
 
だけど
心の距離が遠くて
「大好き」って、手放しで言えない。
 
 
そのことが、大人になった今も
悲しい。
 
めちゃくちゃ悲しい。
 
 
 
 
 
 
発達心理の面から言ったら、
 
子どもの頃に
無条件で甘えさせてくれる
安心・安全な場が
足りなかったかもしれない。
 
それが大人になった今も
 
人と関わるのが怖い
思ったままを自由に言うのが怖い
自己開示が怖い
 
につながって
 
 
いるかどうかは
知らない。
 
 
知らん。
知らんのです。
 
 
 
だけどこのタイミングで
心の奥底から
雪解け水みたいに流れてきた
嘘のない、まっさらな気持ちを
 
 
ひたひたと心に染み込ませて
その中にゆらゆらと漂って
 
悲しさを味わっていた。
 
 
そんな気持ちが、まだ
心の奥底にあるよ。
 
 
そのことに
気づいて
味わい尽くしたら、
 
いつか
 
癒えるかもしれない。
 
 
 
 
* * * * * * * 
 
 
祖父母のことは好きです。
 
 
それは間違いないのだけど
一方で、
 
それは大人になってから
獲得した感じ方だよなぁ、と
心の底では知っています。
 
 
割り切って、綺麗に収めたい気持ちと
 
割り切れない、奥に閉じ込めてた痛み。
 
 
 
 
いつか、綺麗に
 
溶けて、混ざって
 
流れて
 
わたしの一部になってゆきますように。
 
 
 
 
たまに、心の奥底から
 
流れ出してくる感情を
 
 
丁寧に、掬い上げて
 
見つけてあげる過程で
 
 
少しずつ、わたしは
自分の味方でいられるように
なってきた気がします。
 
 
 
最後までお付き合いくださり、
ありがとうございました。
 
明日もあなたが笑顔でありますように。