わたしが報せを受けたのは29日のことでした。
びっくりした。
元出演者が公式発表はまだだけど……先に伝えておくと連絡をくれた。
そのあと何人かと連絡をしたりして。
その時点ではまさかそんな、と言う感じで実感がなくて、ただ血の気が引く感覚を覚えている。
かなり長く記事を書いてくださってます。
顔も声も喋り方も思い出せるのに、もう会えないなんて寂しすぎる。
思い出が多すぎてなんの話しをしたらいいのだろう。
月蝕歌劇団に入っていろんなところで色々な方に会わせて頂いて、色々な経験をさせて頂いた。
月蝕に入らなかったらどれも経験できなかっただろう。
高取さんは、色々なところで出会った演劇に興味があるけれど……という人も連れてきて舞台に立たせて、立派な役者にしてしまうのだからそれがなによりすごかった。
バーで横に座った人だよ。とか。びっくりする。
そして、そういう人にもプロとして向き合ってくれる。
わたしなんて……という気持ちにさせないでくれる。いろんなところで優しい優しいと言われているけど、本当にそういうところ。
お茶目で、おどけてて、ほっとけなくて、まったくもう~なんてみんな言いながらやっぱり高取さんのことが好きなんだよなあ。
数年空くと、何故か高取さんとお話したくなって、また月蝕に戻ってしまう魔法に掛かってる。
わたし、いつも、やりたい作品があるから戻ってきたとかじゃないんですよね。
高取さんと話したいな~と思って参加する。
高取さんの脚本と演出が本当に好き。
わたしは高取さんの作品のよさをちゃんと表現出来たかなあ。わかんないや。
でもこんなの高取さんが聞いたら、君は素晴らしいですよって絶対に言うから、わたしは信じることにするんだ。
26日に亡くなったとのことだったけど、
わたしは25日に月蝕の倉庫に行っていて、きっと誰も手をつけないだろうなあという中身のわからないCDをたくさん持ち帰って、中身をわかるようにしてまた返そうって思ったのでそうした。
絶対誰も触らないだろうと思ったけど、勝手な判断でやろうとしてたから、一応高取さんにも報告しておこうと思い深夜だけど……と連絡をとった。
高取さんは「おおおお、エライ!」なんて言ってくれて、わたしはやろうと思ってよかったな~なんて喜んでいた。
高取さんがわたしに最後にくれた言葉は
「さんきゅう ありがとう」
でした。
26日になったばかりの深夜、1:05のやりとり。
その時は元気なお返事をくださったのに。
26日の何時に亡くなったのかまでは知りようもないけど、虚血性心疾患ということは、急だったのでしょう。
「ぼくは遅刻が許される世界を作りたいんですよ」なんて言っていたから、月蝕歌劇団は結構なゆるい劇団だったんじゃないでしょうか。
小屋入りすると途端に「今日から月蝕は時間に厳しい劇団になります!」っていうのをよく聞いた。
高取さん、そちらにいくのも、もっと遅れてもよかったのに。
40周年記念パーティーがあったら、今回は参加できるね、次は2025年か~なかなか先だな~なんてOGと話したりもしていたのにな。
去年の1月に高取さんのお誕生日をお祝いした時の動画。
あんまり動画ってみんな持ってないみたいで、Facebookに載せた際、載せてくれてありがとうと言って貰えたのでこちらでも皆様にシェアさせていただきますね。
アレ?死んじゃったのかぁ~。そうですか。なんて言って煙草をふかしながら歩いていくのが見える気がするよ。
高取さん、色んなことを教えてくれてありがとうございました。
色んなところに連れて行ってくれて、
色んな人に出会わせてくれて、
私を女優にしてくれて、舞台のよろこびを教えてくれて、たくさんお話してくれて、ありがとうございました。
大切にして下さって、ありがとうございました。
