「そろそろお別れの時間ですね。



今夜最後にお届けするのは、いま静かに話題を集めている曲――
『十二月が来るたびに』。



作曲はJ・クウィル、ピアノ演奏はエリック・A・ローランです。
どうぞ、あたたかくしてお休みください。



お相手は、ショーン・ブリンクリーでした。 おやすみなさい。よい夢を」



――また、この曲か。



テリュースは、胸のずっと奥のほうが軋むような感覚を覚えた。



最近、ラジオから幾度となく流れてくる、ピアノの独奏曲。



『十二月が来るたびに』



ひとつ、またひとつ。



鍵盤からこぼれ落ちる音は、まるでどこか遠い空から降ってくる雪の粒のようだった。
静かで、冷たくて、けれどどこか優しい。



最後の音が落ちていくと、テリュースはラジオの小さなスイッチを切った。
すると、部屋のすみに溜まっていた静寂が、すうっと足元まで満ちてきた。



* * *



初めてこの曲を聞いたのは、街にクリスマスの灯がともり始めた頃だった。



不意打ちだった。



最初は、ただどこかの店先から流れてくるピアノ曲だと思った。
だが、数小節も聴かないうちに、足が地面に縫い付けられたように動かなくなった。



気づけば、街のざわめきは遠く、テリュースはその曲だけを聴いていた。



派手な技巧も、聴き手を驚かせるような華やかさもない。



ただ、一音一音が、誰にも打ち明けられなかった想いを静かに語り続けているようだった。



――十二月が来るたびに。



その旋律は、クリスマスの幸福を歌ってはいなかった。



これは――別れの歌だ。



そう思った瞬間、吹雪の夜の匂いがよみがえった。



白い息。 震える肩。 振り返らなかった背中。



もうとっくに胸の奥深くへ沈めたはずの記憶が、その音に導かれるようにして、白く、ゆっくりと浮かび上がってくる。



* * *



気づいたときには、テリュースの指先は鍵盤のうえにあった。



指先でそっと旋律をなぞる。
たったそれだけのことで、きつく鍵をかけていたはずの心が、静かに、けれど確かに揺れた。



音の響きのむこうから、あの夜の彼女の姿が立ちあがってくる。



しんしんと降りしきる雪のなかを、ただただ遠ざかっていった、淡い輪郭。
あの背中を見送っていた自分と、見送ることしかできなかった自分。



ふたつの自分は、長い時間を経た今もなお、彼の心のどこかで折り合いをつけられないまま、立ち尽くしているのだった。



テリュースは鍵盤からそっと手を離し、深くゆっくりと、息を吐き出した。



万雷の拍手も、眩しすぎるスポットライトも、ひとたびピアノの前に座ってしまえば、どこか遠い国の出来事のように余韻すら消えていく。



どれほど多くの観客に見つめられていても、この旋律が連れてくるあの夜の痛みからだけは、どうしても逃げ出すことができなかった。



♫『十二月が来るたびに』イメージ曲