何か新しいことを始めたい、仕事もプライベートも充実させたいの!といういかにもな理由で通いはじめた茶道教室だけど、もう4年目になる。
ただ抹茶にお湯を注いで混ぜれば完成なのに、そこにたどり着くまでによくわからない動作をたくさん織り混ぜてえらく遠回りをする。
そうすることでそのお茶の価値を感じられるそうな。
お茶をすくう木の棒に「なにか名前をつけてください」とかいわれ季節にあった洒落た名前をつけるのだ。木の棒に。今日は12月なので「聖夜」と名付けた、木の棒に。
はじめはそんなこといいから早くおいしいお菓子を食べたい、なんて思っていたけど4年目にしてようやくその無駄な動作の必要性がわかってきた。
わたしはいつだってせかせかしていた。
ひと息つくような時間があれば無意識のうちに携帯を開くような人間なので、お湯が沸く音に耳を傾けたりお茶碗をまるで我が子のように愛でて撫で回すことに非常に抵抗があったのですが、最近それが心地いいと思えるようになってきた。
茶道はもっと余白を楽しめよ、と教えてくれる。
ずっと頭の中でなにかを考え続けていて、呼吸が浅かったんだよわたし。
もっと無駄があってもいい。効率いいことばかりじゃつまんないしな。
頭の中を空っぽにして、目の前の木の棒(聖夜)をめちゃくちゃ丁寧に扱うことに集中する。
2週間に一度のわたしのリフレッシュ。
今日は茶道の先生(おじいちゃん)が「グラタンを初めて作ったので、食べてみてください」と食べさせてくれた。めちゃくちゃおいしい。
習い事でもしていないと親族以外のお爺ちゃんが作ったグラタン食べる機会なんかないぜ笑
それにしてもおいしかった。
