みなさま ご無沙汰しておりました


地震の直後は 手紙携帯が 今思えば 奇跡的に繋がりましたが‥

2日目から数日は ずっと圏外になってしまい(>_<)

暫くの間 携帯は使い物になっていませんでした汗


数日前から やっと携帯が順調に繋がるようになり‥

携帯の充電もできる環境にいたので みなさまの所も覗きに行きました



そして 楽しく暮らしている様子が 別世界の事のように思えて


私が置かれている現状とは おそらく‥ かなりの温度差があると思い

どう表現したらよいのかコトバが見つからず‥ 書く事を控えていました



でも 先日コメントを入れた先のブロ友様たちや メールを返信した友人たちに

「直接 言葉が聞けて 良かった」

と 言っていただきました


ありがとう m(_ _)m


少し 勇気を貰ったような気がしました


そして 今の自分たちの置かれている現状を 少し伝えようと思いました


思いつく限り書きますので 時系列はめちゃくちゃかもしれません



読んで 気分を害される方もいらっしゃるかと思いますが‥

そこは 大人の対応で ぐっと ご自分の心の中に収めてくださると 幸いです m(_ _)m







今日で 地震発生から 10日が経ちました


私の家族は 住む家も壊れていないし 今は 電気も回復しているし 宮城県の中では 恵まれています

なので 自分では 被災者とは 思っていません


ライフラインは 水道とガスの 回復がまだまだです汗

水は3月31日、または4月3日まで 出ないそうです

ガスは わが家は使用していないのですが‥ 1ヶ月位は 回復の見込みがないらしいです


電気のおかげで TVが見られるので 情報を得られますが‥

だんだん通常の番組になってきて

地元のローカル番組でしか 被災地の状況や非難所や行方不明者の安否情報が 見られなくなりました

一番知りたい情報が なかなか得られないジレンマがあります



地震当日から 私の家族は 夫が帰宅出来なかった事もあり お隣の家族と一緒に過ごしています


あっ!

夫は 地震当日は 夫の会社の1階が津波で水没しあせる上の階で一晩避難して‥

翌日 水位が下がったところで 水の中をザブザブ歩いて帰って来ましたビックリマーク


夫は 会社近くの石油コンビナートが 爆発炎上する様を一晩見つめながら 自分たちの居る会社にも炎が飛び火しないかと心配しながら過ごしたそうです

帰宅して第一声が 「燃え死ぬかと思ったしょぼん」 と言って 床に崩れ落ちましたしょぼん


車も 津波で流されてしまいましたが 夫が無事に帰って来て 本当に良かった!!


それからは 夫の会社からは 未だ召集の連絡すらありません汗

一体どうなっているのか 心配だし 不安です


ご近所のパパさん達も 未だ仕事に復帰の目処がついていない方々多いです

仕事がない事も ストレスになっているんじゃないかと 心配です



そんなパパさん達の 日中のお仕事は もっぱら給水所への水汲みです

1家族12リットルまで と看板には書いてあります

が 最近は隣町が水道が出るようになったので 余裕があるらしく 何度貰いに行っても入れてくれます


水道の出ない生活は 大変ですあせる

食器が自由に洗えませんし トイレの水も自分で汲んで流さなくてはいけないし

お風呂ももちろん入れないし 洗濯も出来ません


でも 水汲みを超頑張ってると

わずか2回ですが 追い焚き機能で入浴したり 残り湯で洗濯もしましたニコニコ


不便ながらも 生活に工夫が生まれてきますひらめき電球



買い物も まだまだ不自由ですが 並ぶと食べ物は買えるようになりました


近所のスーパーは2軒とも まだ店内には入れずあせる 青空店舗で お買い物しています


外に並べられた籠に少しの商品が入っていて 「ここの中から1点ずつ」 という感じで まだ買い物制限があります


でも お店も被災しているので お店を開けて商品を売ってくれるだけでも ありがたいなぁ と思っています



今 一番必要なものは 水道とガソリンです


たくさんの方々が 気にかけて下さり メールやメッセージを送っていただきました


本当に たくさんの優しさを ありがとう m(_ _)m



お気持ちだけでも 本当に嬉しかったですドキドキ






そして 私の近所の大好きな場所は‥


震災後から今も 緊急車両基地となっています


毎日 全国から応援に来てくださっている 消防車や救急車などが サイレンを鳴らしながら 何十台も連なって 出動していきます


空は 見たこともない赤色のヘリコプターや 輸送ヘリ ドクターヘリも とても近い高さで飛んでいます


全国各地から 助けに来て貰っているのを この目で実感しています


本当に本当に ありがとうございます (ノд<。)゜。



そして 残念ながら アリーナは‥ 遺体安置所になっているのが現実です



身元が判明した方は ほんの一部だと聞いています


津波の被害に遭われた地区の方々は こんな山の上までは 来られないと思うので‥


普通の生活に戻るには まだまだ時間がかかると思います






それでも 気持ちが沈んでいる訳ではありません


毎日の生活の為に 忙しく生きています




少し前までは‥

心にゆとりがないと 癒しさえ求める気持ちが出来ない(>_<) ってカンジで‥



Tちゃんに 「ひとつになろうドキドキ」 とメールをもらい‥


『今 KAT-TUNどーでもいいあせる』と 暴言を吐いてしまいました‥


ごめんなさいしょぼん




今もまだ 癒しを求めようとは思いませんが‥


だんだんと 普通に暮らしている世の中にも 目を配れるようになってきました




取り留めなく書き連ねてしまいました


最後まで 読んでくださった方々に お礼を申し上げます



まだまだ困難な状況で 生活している もしくは 救助を待っている人達がたくさんいます


出来ることなら 現場に行って 少しでも力になりたい

でも どうする事もできない


そんな私に 何が出来るのでしょうか?



毎日 毎日 考えています